チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2014年4月17日
焼身者リスト最新版:2014年4月17日更新 2009年以降 内外合わせ135人 内死亡113人
内地焼身者129人の顔写真、VOT Gurbum Gyalo製作(間近の焼身者、僧ティンレー・ナムギェルは含まれていない)。
内地焼身抗議・主な抗議活動発生地地図(2014年4月15日付け、Tsampa Revolution 制作)。
内外合わせ135人(2014年4月17日現在)の焼身者氏名、その他焼身状況概略
それぞれの焼身者の写真等、より詳しい情報は付記されたURL(ここへ)にアクセスすることにより、当ブログの各過去ブログで確認できる。番号は外地を合わせた発生順。
2009年2月27日のタペーから2012年9月末までの焼身者についてはここへ
2012年10月以降、2013年12月16日まではここへ。
その他、2013年7月20日に焼身した僧クンチョク・ソナムまでの詳しい情報と、チベット人焼身全体に関する解説はネット本「太陽をとりもどすために チベットの焼身抗議」を参照して頂きたい。
以下、2013年12月17日以降、2014年4月17日現在まで。
129)ツルティム・ギャンツォ:43歳、アムチョク僧院僧侶、死亡。
2013年12月19日、アムド、(甘粛省甘南チベット族自治州)サンチュ県アムチョク鎮の路上で焼身、その場で死亡した。
彼は遺書を残している。詳しくはこことここへ。
130)パクモ・サムドップ:27歳/29歳、在家行者、2児の父、死亡。
2014年2月5日、アムド、ツォロ(青海省黄南チベット族自治州)レゴン地区ツェコク県ドカルモ郷にある第二ペンチェン学校前で焼身、その場で死亡。詳しくはこことここへ。
131)ロプサン・ドルジェ:25歳、元キルティ僧院僧侶、死亡。
2014年2月13日、ンガバ州ンガバ県ンガバ、キルティ僧院近くにある「勇者の道」で焼身。3日後病院で死亡。詳しくはこことこことここへ。
132)ジグメ・テンジン:ソナ僧院僧侶、死亡。
2014年3月16日、アムド、ツェコ県チャダル郷にあるソナ僧院(夏徳寺)の僧侶1人が、16日早朝、僧院本堂前で焼身した。駆けつけた僧侶たちが火を消し僧院内に運び込んだが、間もなくして死亡と。詳しくはここへ。
133)ロプサン・バルデン:20歳、ンガバ・キルティ僧院僧侶、生死不明。
2014年3月16日、アムド、ンガバ、キルティ僧院近くの「勇者の道」で焼身。部隊に連れ去られその後の消息は不明。
彼は遺書を残している。詳しくはこことここへ。
134)ドルマ:31歳、尼僧、生死不明。
2014年3月29日、カム、バタン(四川省カンゼチベット族自治州巴塘)、バ・チュデ僧院の右繞道で焼身。部隊に連れ去られ、その後の消息は不明。詳しくはこことここへ。
135)ティンレー・ナムギェル:32歳、死亡。
2014年4月15日、カム、タウ県(四川省カンゼチベット族自治州道孚県)カンサル郷で焼身、その場で死亡。詳しくはここへ。
2014年4月17日現在、このリストでは2009年以降、内外合わせた焼身者は135人ということになる。しかし、ICT(International Campaign for Tibet)は、2013年3月末または4月初めにジェクンドで土地強制収容に抗議しチベット人女性が1人焼身したという情報を確実とし、焼身者の1人に加えている。これを受けRFAも彼女を焼身者の内に入れている。なお、亡命政府やウーセルさんはこの女性を加えていない。
この女性を加えるならば、現時点での内地焼身者の数は131人、外地焼身者は5人、合わせて136人となる。
この内、死亡が確認されているのは内地111人、外地3人、合わせて114人である。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)