チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2015年7月28日
映画『ルンタ』補足編:監獄24年、ロプサン・ノルブお爺さんの証言・後編
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拷問を如何に耐えたのか?
ーあなたのように監獄に入れられた人の多くがひどい拷問を受けています。それでも、あなたもそうですが、真実を曲げようとしませんね。
ノルブ:真実は真実です。嘘は認めません。だから私は足を折られたのです。拷問で足を折られたのです。ここに(膝を指差しながら)釘を打ち込まれて、天井から吊るされたのです。指も全部やられたのですが、ここが一番ひどかった。吊るされて、足を打ちのめされるんです。足は骨折して、この前手術を受けたのです。8つに折れてたんです。それをみな取り出して、金属を入れたのです。
ーえ、最近の話ですか?
ノルブ:そうです。その前は鍼治療を受けていましたが、最近(北インドの街)ルディアナにあるスイス病院というところで手術を受けたのです。
ーチベットではずっと痛みを抱えていたのですね?
ノルブ:そうです。
ーそこまでひどい目にあわされながら、なぜ意見を変えず、中国側のいうことを認めなかったのですか?
ノルブ:チベットは広大で中国は人口が多い。何百万もの中国人がチベットに住むことができます。チベットには何千という寺や僧院がありましたが、そこにあった財産を中国はすべて持って行ってしまいました。チベットの人々の財産もすべて没収し、持ち去りました。中国は今でこそ少しは豊になっていますが、59年や60年当時、中国は貧乏だったのです。乞食同然でした。食べるものも、飲みものもなく、大勢が死んでいったのです。だからチベットの穀物をものすごい台数のトラックで運び出したのです。これを見て私は穀物倉庫の穀物をみんなに持って行かせたのです。そのまま放っておけば中国へ運ばれるだけでしたから。
ーですから、伺いたいことは、なぜチベット人にこれほど強い信念があるのか、それは仏教と関係があるのか、ダライ・ラマ法王への強い信頼があるからなのか? ということなのですが。
ノルブ:それは私たちがチベットの仏教文化を非常に大切なものだと思っているからです。中国はチベットの人々をたくさん殺しましたが、未だその仏教文化を滅亡させることには成功していません。中国は私たちにこう言っていました。「日本は中国に対して略奪・殺戮・焼却という三悪政策を行った」と。昔、監獄で映画を見せられました。日本が三悪政策を行ったという映画です。その時、私は中国人に「日本が三悪政策をやったというが、あなたたちが今、チベットに対して同じことをしてるではないか」と言ったのです。当時チベットでは民族を滅亡させると言って、チベットのほとんどの知識人を監獄に送り、食事も与えず殺したのです。血を流さずに餓死させたのです。血が流れば、白日の下にさらされ、知られます。だから血が流されないよう餓死させるのです。チベットの文化を壊滅させるために知識人を殺し、チベットの土地を奪い、森林を伐採し、家畜を殺し自分たちの食糧とし、財産はすべて中国に持ち去ったのです。だから、これを知っている残されたチベット人たちはどれほど拷問を受けても考えを変えず、頑張るのです。
ーそれは分かりますが、何か特別な理由があるように思いますが?
ノルブ:もちろん特別な理由はあります。ダライ・ラマ法王は観音菩薩の化身だと信じられています。チベット人はみんなそう言います。雪国チベットは観音菩薩の浄土だと信じられています。だから、本物のチベット人ならダライ・ラマ法王を決して糾弾しません。糾弾しなかったから、たくさんのチベット人が殺されました。殺されても法王を糾弾しません。今も中国政府はダライ・ラマ法王のことを反逆者だと言いますが、チベット人は絶対にそのようなことは言いません。ダライ・ラマ法王がいらっしゃらなくても、法王を反逆者などとは一切言いません。
ーダライ・ラマ法王への強い信心が故にということですか?
ノルブ:それは仏教です。仏教と仏教文化の故にです。
ー拷問等を受け非常に辛い時、観音菩薩の真言を唱えるとか、仏教に関連した実践を何かやっていましたか?
ノルブ:それは各自が心の中ですることです。私など僧侶であったわけですし、中国人にひどい目に遭わされているとは考えないのです。それぞれ自分が過去に積んだカルマ(業)の結果だと考えて、広い心を保ち、平常心を保つのです。過去に犯したカルマが熟し、今このような苦しみを受けているのだと考えるのです。カルマはすでに積んできているのですから、その結果は受け入れるしかないのです。結果を受ければ、そのカルマは終わるのです。これは仏教の考え方です。そして生きながらえたのです。最近、アメリカの医者が来て健康診断をしてくれました。裸になって、心臓のあたりにいろいろ装着されました。そして、心臓は問題ないと言われました。心臓は大丈夫とね。その時、心を広く保つことができたお陰だなと思いました。ひどい目に遭わされたと思うと、心が狭くなってしまいます。自分の前世のカルマだ、因果応報だと思えれば心を広く保つことができるのです。
ーその教えを信じることで拷問を耐えることができたのなら、すばらしいことですね。しかし、個人にとっては因果応報かもしれませんが、中国は今もみんなに拷問していますよね。みんなに同じような因果応報があるということでしょうか?
ノルブ:みんなに同じカルマがあるわけじゃありません。
ー中国はひどいことをしている。
ノルブ:ひどいですよ。だからといって、私たちは中国人に対して呪ったりすることはありません。中国の一般の人たちは私たちと同じような苦しみを受けていると考えるのです。中国共産党の中に悪い奴がいて、ひどいことをしたし、今もしているわけです。
ー中国人も犠牲者ということには同意します。他に仏教的考え方で役に立ったことはありませんか?
ノルブ:私たちは思い浮かべるのです。「自分が今受けているような苦しみを他の人が受けませんように。自分が他の人々が受けるべき苦しみをも引き受けることにより、他の人々が苦しみから自由になりますように」と祈るのです。
ートンレンの行ですね。すばらしいことです。
ノルブ:私は昔僧侶でしたからね。7歳から25歳までと結構長かったし、その間仏教の勉強はよくしました。もっとも、仏教を学ぶ間にそのような拷問をするような人間はいませんでしたがね。ははは。特に祖国と民族のために命を落とすなら悔いはないと考えるのです。自分のために盗んだり、人殺しをして死ぬことになれば悲しいことですがね。
焼身について
ー2009年以降、焼身という抗議の方法を取る人が増えていますが、焼身についてどう思われますか?
ノルブ:彼らはまさに国と民族のために焼身しています。彼らは熟考の結果あのような行動を選択したのです。自分の命を絶つことで、他人が苦しまないですむようにと、自分の命を国と民族のために役立てようと考えたわけです。そのように考えず例えば中国人を殺すなら、それはただの暴力です。中国人を殺すことはできます。5人や6人、銃がなくてもできます。でも、そのようなことをせず自分の命を投げ出し、国や民族のために役立ちますようにと祈りながら、死んでいるのです。ダライ・ラマ法王の長寿を祈りつつ死んでいるのです。それは暴力ではありません。世界の人たちにチベットの現状を訴えているのです。中国はチベットや新疆を侵略し、弾圧しています。今、中国はラサに自由があると言っていますが、自由なんてありません。ラサのパルコルの至る所に検問所があります。僧院の入り口には銃を持った部隊が立っています。ひどい時代なのです。人々はまるで囚人のようです。ラサは監獄同然ですよ。それでもチベット人たちは中国人に暴力を振るったりしないのです。それは観音菩薩であるダライ・ラマ法王の「他者を害してはならない」というお言葉に従っているからです。非暴力主義に従っているのです。ダライ・ラマ法王がそのようにおっしゃっていなかったら、青蔵鉄道はラサまで到達できなかったことでしょう。死んでもいい、殺されてもいい、すべての路線を破壊し尽くそうとしたでしょう。でも中国がこれから先も弾圧を続けたらどうなるか分からないと思います。法王が亡くなられた後はどうなるか分からないと思います。道路や橋や鉄道を破壊するというような暴力行為が始まるかもしれません。
ー最近焼身が減っていますよね。
ノルブ:減ってるのは、ダライ・ラマ法王が止めなさいとおっしゃるからですよ。
ー止めなさいと言ってるのは政府ですよね。ダライ・ラマ法王は直接的に止めなさいとはおっしゃってない。やらない方がいい、成果はないだろうからとおっしゃってますね。
ノルブ:死んだ方がましだと思っているのです。幸せになろうと思っても中国の支配下では自由もなく、非常に難しいのです。追いつめられているのでしょうが、死ぬというのは本当はよくないことです。私は2008年にデリーにある中国大使館宛に手紙を出したのです。ダライ・ラマ法王がご存命の今、対話をすべきだと言ったのです。今、チベットの子供たちはどんどん勉強して知識を蓄えています。将来これを使うでしょう。今と同じ温和路線が続く保証はありません。だから今対話した方がいいと提案したのです。
ーもしも私が中国の指導者だったら、すぐに対話して、「あなたは独立を求めていないのですね。ではここにサインして下さい。永久に独立を放棄するという文章です」と言って、まずサインさせる。その条件でダライ・ラマ帰還とか高度な自治とかもとりあえず承諾する。その後、ダライ・ラマ法王が中国に入れば、人質にできるわけで、チベット人はもっと中国政府の思うままです。そうされてないのは運がいいようなものだと思います。
ノルブ:今は新疆やモンゴルも緊張しているし、だいたい他の56民族もすべて侵略により支配下においた民族ばかりですから、どこにも譲歩できないと思っているのです。中国が崩壊する可能性はあるでしょうが、時間がかかるでしょう。とにかく希望を捨てず、非暴力の闘いを続けることが大事だと思います。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)