チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2014年6月20日
盲目の母親の悲願を叶えるため息子がリヤカーでラサまで2500キロ
ラサから遠く離れたアムド、ルチュ(甘粛省甘南チベット族自治州碌曲)に住む85歳になるペマ・ツォは、日長一日観音菩薩の真言であるオンマニペメフンを唱え続けている。ペマ・ツォの悲願は死ぬまでにラサまで巡礼し、ラサのジョカン寺にあるジョオ(仏陀像)に祈りを捧げることであった。しかし、目が見えないことと貧しいが故にこれまで、この願いを叶えることができなかった。
今、彼女はこの悲願を達成しかけている。58歳になる息子のゴンポ・タシが母親のこの悲願を叶えてやろうと、母親をリヤカーに乗せ、ラサまで途中、数へ切れぬほどの峠や川を越え、2500キロの苦難にみちた道を進み続け、今ラサまで200キロのコンボのギャンダに到着しているという。
一生に一度はラサまで巡礼に行き、ジョカン寺のジョオ像を拝観したいという思いは、特にアムドやカムの人が持つほぼ普遍的な思いだ。イスラム教のメッカ巡礼に似ている。
これは巡礼であるので、お金があるからといって簡単に車を使って行くのはご利益の少ないやり方と思われている。最高のやり方は五体投地でラサまで向かうというものだ。今でも少なからぬチベット人が実際これをやっている。このリヤカーで行くという人もたまにいるらしいが、盲目の母親を乗せ2500キロはおそらく初めてだろう。
とにかく、親孝行この上ないチベット人がいるということで、無事ラサに到着し、ペマ・ツォの悲願が叶えられることを祈る。最近は当局がチベット人のラサへの巡礼を厳しく規制していると聞く、ちゃんとジョカン寺まで辿り着けるように。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)