チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年11月5日
ウイグル人による天安門事件とチベット
先の10月28日、天安門広場毛沢東肖像前に突っ込み炎上した車の中には、北京の発表によれば、ウイグル人男性ウスマン・ハサンと彼の妻(妊娠中であったとの情報もある)と母親が乗っていたと言われる。直前に歩道に乗り上げ2人の旅行者を死亡させ30人余りの人を負傷させたという。誠に痛ましい事件である。
事件の本質について、中国共産党はウイグル族による組織的、計画的な「テロ」と断定している。しかし、多くの外国メディアは、これは「テロ」ではなく抗議デモに参加した家族が当局に殺されたこと等に恨みを持った一家族の政府に対する抗議、報復行為という見方を支持している。当局は燃え尽きた車内からウイグルテロ組織を象徴するジハードの旗が見つかったというが、完全に燃え尽きた車内から布製としかおもえない旗が見つかるというのもおかしな話しである。その他、いつものことだが当局の発表に対しては多くの矛盾点が指摘されている。
車は路上に突っ込む前にクラクションを鳴らし続けていたという目撃者の証言も伝わっている。これが本当なら、それは彼らが一般市民を巻き添えにしたくなかったという意志表示と思われる。
彼らが北京に来たのは家族が様々な不審な事件、不当な扱いを受けたことに対し政府に直訴するために来たという。それが受け入れなかったが故に絶望のあまりこのような行動に出たという見方もある。これがもしもウイグル人でなく漢人であった場合には「テロ」というレッテルは決して付けられず、「政府に不満を持った家族の犯行」あるいは「単なる酔っぱらいの狂行」とされたことは間違いない。
犯人とされる彼ら3人はすでに死亡しているにも関わらず、当局は即座にこれを組織的犯罪にするために仲間と言われる在北京のウイグル人5人を逮捕した。犯行はその存在すら疑問視される中国言うところのテロ組織「東トルキスタン・イスラム運動」が組織、計画したものと断定。この事件に関連し新疆ウイグル自治区内ですでに50人以上を拘束している。
この事件の背景、原因はウイグル族に対する当局の厳しい弾圧であることは明らかであるのに、共産党中央は新疆トップの張春賢を事件翌日に開かれた政治局会議に呼び出し「問題が萌芽の時に解決せず、そのままにしていた」と批判した。つまりウイグル族への監視、締め付けを十分行わなかったことが原因というわけだ。さらに、自治区党委常務委の彭勇と新疆軍区司令を解任し、ウイグル人をさらに厳しく締め付けるという方針を表明している。客観的に見れば、まさに火に油を注ぐ方策であるが、共産党は恐怖によってのみ人を統治できるという考えしか持っていないのだ。
この煽りで北京ではウイグル人だけでなくチベット人もホテル宿泊が禁止されたという報告がある。チベット人居住区においても警戒が厳しくなったという。そんな中、チベット自治区トップの陳全国は11月1日付けでチベット人に対するさらなる締め付け策を発表した。
その中心は、すべての情報網を遮断することによりダライ14世集団(はじめて”14世”という言葉を足しているが、これは中国側が選ぶ次期15世への布石か?)の影響力をさらに徹底して排除し、同時に共産党プロパガンダ情報を全チベット人に浸透させようとするものである。
今回の陳全国の指示後半をうらるんたさんが翻訳して下さったものが以下:
断固とした反分裂闘争の展開
理論で暴き、世論を以て反駁し、政策を宣伝し、経験や体験で道理を説く*などの方法を用いて、ダライ14世集団の政治的な反動性、宗教上のウソ、手法の欺瞞を暴き出し、ダライ14世集団のいわゆる「中道路線」「大チベット区」「高度な自治」の反動陰謀を暴き出し、各民族リーダーおよび一般民衆がチベット仏教とダライ14世を区別するように教育指導し、ダライ14世と「ダライ」の称号を区別し、ダライ14世集団の指し示す意味をはっきりさせて、反分裂闘争のこの重大な政治原則問題において旗幟を鮮明にし、スタンスをはっきりさせ、党中央との高度な一致を保たせること。
断固とした破壊活動の浸透に対する抵抗
地面、空中、インターネットの「三位一体」浸透防御コントロール体制を積極的に構築し、「西新プロジェクト」に力を注いで実施し、放送実験能力(設備)の建設を推し進め、非合法の衛星放送アンテナ設備の検出没収専門アクションを展開し、放送実験合格率の99%以上の到達、重点地区では100%到達を確保すること。すなわち、分裂分子がチベットエリアに侵入して反動宣伝を行うことに厳しい打撃を与えること。つまり、インターネットなど新興メディアの管理監督を強化し、全エリアで電話とインターネットのアカウント登記において実名登録を実施し、同時に実効性のある監視とコントロール、反動的言論と有害情報の封鎖を行い、共産党中央の音声と映像を全エリア120万平方キロメートルの辺鄙な場所でもくまなく聞き及び見るに及ぶことが可能となり、敵対勢力やダライ14世集団の音声や映像が聞こうとしても耳にできず、見ようとしても目に入らなくなるよう努力する。
誤った思想と考え方に対する断固とした闘争
「憲政民主」「普遍的価値」「公民社会」「新自由主義」「ジャーナリズム」「歴史的ニヒリズム」「改革開放」の7つのテーマを巡って重点的に取り扱い、中心グループで学習し、誤った思想や考え方に反駁する能力を組織する手法を採用し、広く大勢の党員幹部と識者専門家が誤った思想と考え方の本質及び危険性について教育指導し、善し悪しをきちんと分け、スタンスを明確にする。同時に、インターネット上で共産党のリーダーや社会主義、祖国統一を攻撃したり共産党の歴史をゆがめたり、デマを流したり、誹謗をでっちあげるなどの行為を徹底的に叩きのめす。ニセ情報、インターネットの権利侵害、ポルノなどの乱れた現象を断固として整え、インターネットユーザーが自覚を持ってインターネット情報伝達の「7つのベースライン」(すなわち、法律法令の最低ライン、社会主義制度の最低ライン、国家利益の最低ライン、公民合法権の最低ライン、社会公共秩序の最低ライン、道徳風紀の最低ライン、情報正確性の最低ライン)を固く守るよう指導する。
このような強硬な情報遮断政策に対し、チベット亡命政府は11月4日付け政府公式ネットの中で強い非難を表明している。
「つい最近国連人権委員会で中国の人権状況が話し合われ、批判を受けたばかりであり、さらにこれから人権委員会の常任国へ立候補した中国への信任を問う選挙が行われようとしている今、中国は人権状況改善に努力していると表明したばかりなのに、一方でこのような指示を与えることは明らかに国連人権委員会の精神に反する」という。
亡命政府外務大臣のデキ・チュヤン女史は「チベット内で徹底した情報遮断を行うというこのような中国政府の方策は逆効果を生み、チベット内のチベット人の怒りを増幅させるばかりである。我々はこのような方策の下で当局がチベット人に対する弾圧を強化するのではないかと深く憂慮する」と語った。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)