チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2013年10月18日

ウーセル・ブログ「アコン・リンポチェの刺殺理由への疑問」

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イギリス籍の高僧であり有名な慈善家であったアコン・リンポチェが10月8日に成都で殺されたことは先に報告した。当初からこの殺人事件には裏があるのではないかと当局の発表に疑いの目を向けるチベット人は多かった。ウーセルさんは10月14日付けのブログでこの疑惑について書かれている。

原文:对阿贡仁波切遇刺理由的存疑
翻訳:@yuntaitaiさん

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◎アコン・リンポチェの刺殺理由への疑問

ラサにいた私は10月8日夜、英国籍の74歳のチベット人アコン・リンポチェが成都で刺殺されたという悲報をネットで知り、驚愕した。これは成都の警察当局が速やかに公表した「経済的なもめ事」で起きたのだろか?真相はまだ明らかになっておらず(おそらく真相を知るのはとても難しいだろう)、私たちがさまざまな見解への判断を保留するのには理由がある。

私と私の夫(作家の王力雄)は何年か前、ジェクンドでアコン・リンポチェにお目にかかってお話ししたことがあり、深い印象が残っている。長期にわたってチベット人の教育を支援し、チベット・エリアで広く慈善事業を実施してきたアコン・リンポチェにここで敬意を表したい。

アコン・リンポチェが成都で刺殺されたのは10月8日午前11時ごろだ。成都の警察当局の微博「平安成都」は当日午後8時22分、「容疑者3人が既に逮捕された」と書き込んだ。しかも、この3人はただちに「被害者3人を殺害した事実を認めた」という。この解決と容疑を認めるスピードは少し速すぎるだろう。

ネット仲間はツイッター上で疑問を投げかけた。「経済のもめ事を解決するのに、どうして家に来てもらって話をするんだ?慈善家がどうして命よりも金を大事にするんだ?経済的なもめ事を解決するのに、ただ人を殺すだけで、財産は不要だったのか?1人も生かしておかず、完全に殺人を目的にしている」

あるチベット人はWechatに書いた。「容疑者3人は元々話し合いに行ったが、ただ『意見が食い違って衝突した』という。それならよく分からないことがある。話し合いに行ったのに、なぜ刃物を持って行く必要があったんだ?尊敬を集めるリンポチェに会うならなおさらで、これは普通のチベット人にはできないことだ。容疑者3人は刃物を持って話し合いに行き、『意見が食い違って』殺生戒を犯した。リンポチェだけではなく、おいや運転手までも殺し、1人も生かしておかなかった。準備して出向き、皆殺しにしたのは明らかだ」

「平安成都」の微博の発言にはたくさんのコメントがついており、一読の価値がある。最も頻繁に出てくる言葉は「蔵蛮子(チベットの野蛮人)」だろう。「また蔵蛮子がやってくれた!」というコメントもある。

「成都のチベット族男性3人が英国籍チベット人1人とおい、運転手を刺殺した」と題する新浪ニュースセンターの記事には、100件以上のコメントがついており、こちらも一読の価値がある。「チベット族にも刃物を持ち歩かせたら駄目だろ」という書き込みもあった。だが事実上、チベット人はチベット・エリアであれ漢人の土地であれ、とても厳しく検査されており、刃物、特に殺傷力のある刃物を持ち歩くのはほぼ不可能だ。

新浪ニュースのタイトルに至っては、何かを説明できているようだ。「英国籍チベット人」が「チベット族男性3人」に「刺殺」された。これはチベット人社会がとても乱れていて恐ろしいと説明できるだけではない。国際的な影響をつくり出し、チベット人社会がとても乱れていて恐ろしいと世界に思わせることができる。例えば、120件以上も続いたチベット人の焼身抗議も、似たようなレッテルを貼られる可能性があるだろう。少なくとも、「恐ろしい」「野蛮だ」という印象を多くの人たちに与えるだろう。

見事に偶然が一致していることに、ちょうど同じ時、チベット人の焼身抗議に関する私のブログ記事に謎の人物がコメントを残した。最後の一言にどうか注意してほしい。「8日午前、成都市武侯区の団地で、経済的なもめ事が原因になり、チベット族3人が刃物でほかの同胞3人を殺した。ウーセルよ、こういうチベット族の仲間同士の殺し合いについても語らなきゃいけないだろ!あいつらをいつも神様みたいに持ち上げて、汚れのない天使だとみんなに勘違いさせるなよ。がさつで横暴で、全てを単純な暴力で解決するのが得意な民族性も、みんなに知ってもらった方がいい」。もう1度書こう。最後の一言にどうか注意してほしい。

新浪微博では、チベット人たちの多くが事件を悲しみ、殺人犯の残忍さに憤っているが、深層まで考えてはいない。

リンポチェが刺殺されたのは「経済的なもめ事」「意見の食い違い」といった簡単な理由からだろうか?次のように話す冷静なチベット人もいる。「これほどの偉大な師に経済的なもめ事などはあり得ない!」「その名に恥じない国際的な慈善家で、慈悲を信念とするリンポチェで、内外の政府から歓迎されるチベット族の海外同胞。そのリンポチェがチベット仏教徒数人に殺されるとは非常に不思議な出来事だ」「巨額の資金を集めて孤児や未亡人、困窮者を援助し、無数の子どもに教育を受けさせてきた徳の高い師は、ジェクンド孤児院だけで毎年60万元も援助してきたし、それ以外の支援も枚挙にいとまがない。『経済的なもめ事』で殺害された?どうか皆さんには官製メディアの言葉遣いに警戒してほしい。巨星が落ち、これ以上ないほどに人々を悲しませている。知らず知らずのうちに官製メディアの言葉の影響を受けないようにしてほしい。この無明世界には、このような光明を放つ人物を抱える資格はない」

もういい、多くは語るまい。もしアコン・リンポチェ刺殺事件がより大きなほかの影響をつくり出し、重要な事柄を覆い隠すとしたら――例えば10月22日に国連人権理事会が中国の人権状況を全面的に審議する予定で、世界の視線はもう集まり始めており、チベット人の焼身が再び注目される――あるいは原因を理解できるかもしれない。

2013年10月10日      (RFA特約評論)

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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