チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2013年10月9日

17世カルマパを見つけ出し、チベット内で多くの慈善事業をなしたアコン・リンポチェが殺害される

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image成都公安局の発表を元にしたという9日付中国の新聞『環球時報』によれば、8日午前11時頃、成都のチベット人街である武侯区内の団地の中(家の中とも、路上とも、車の中とも書かれていない)で、アコン・リンポチェ(ཨ་དཀོན་རིན་པོ་ཆེ།73)と彼の甥である僧ロガ(བློ་དགའ།)、運転手ジグメ・ワンギェル(འཇིགས་མེད་དབང་རྒྱལ།)が刺殺された。容疑者として3人のチベット人、ゲデ出身のトゥプテン・クンサン(ཐུབ་བསྟན་ཀུན་བཟང།)、チャムド地区ジョンダ県出身のゲンドゥン・ギャンツォ(དགེ་འདུན་རྒྱ་མཚོ། )、同じくジョンダ県出身のツェリン・ペルジョル(ཚེ་རིང་དཔལ་འབྱོར།)が拘束され、警察によれば3人は殺害の事実を白状したという。

公安は「金銭問題のトラブル」が原因と説明している。

これに対し、チベット系メディアであるTibet Times は事件発生時間を8時47分とし、Tibet Expressと共に、容疑者の3人は犯行を否定しており、原因は未だ不明とする。

一部情報でこの3人は僧侶とされるが、報道の中では明記されていない。

殺害されたアコン・リンポチェはイギリス国籍。チベット内で多くの教育施設、福祉施設を建設した大慈善家として尊敬を集めていた。また、カルマパ17世を見いだしたカルマ・カギュ派の高僧としても有名であった。

2世アコン・カルマ・シェドゥップ・チュキ・ニマ(通称アコン・リンポチェ)は1940年にチャムド地区リボ県に生まれ、幼少児カルマパ16世により先代のアコン・リンポチェの転生者として見いだされた。その後、多くの高僧の指導を受けた。

1959年、インドに亡命した後、1963年にはイギリスに渡り、1967年、西洋で初めてのチベット仏教センターであるカギュ・サムエ僧院をスコットランドに創建した。

1992年には16世カルマパの転生者捜索を指揮し、カムの遊牧民の子である、現在の17世カルマパ(ウゲン・ティンレー・ドルジェ)をその転生者と認め、本山であるトゥルブ僧院に送り届けた。17世カルマパはその後、中国政府とダライ・ラマ法王双方から正式に16世カルマパの転生者として認定された。そして、2000年初め14歳の時に彼はインドに亡命した。

アコン・リンポチェは1990年にロッパという慈善団体を組織し、その後チベット内で61の学校、19の病院、29の学堂その他多くの教育・福祉施設を建設した。Tibet Expressによれば、チベット内への援助総額は1億7810億元(約28億円)に上るという。

アコン・リンポチェはチベット内地で慈善活動を行いながらも、政治には関わらない姿勢を見せていた。しかし、一方でカルマパやダライ・ラマ法王への忠誠は示していた。

アコン・リンポチェの死はサムエ僧院によりすぐにダライ・ラマ法王、カルマパを初め多くの高僧に知らせられた。法王はすぐに特別の法要を行ったという。カルマパはホームページ上で哀悼の意を示し、「アコン・トゥルクは私が七歳の頃からの友人である。慈善家であり、多くの病院、学校を建て、古い聖典を復刻し、たくさんの人々を助けることによって、チベットへの大いなる愛を示した。私は彼が他の二人とともにこんなにも突然我々の前かいなくなってしまったことに非常に衝撃を受けている(石濱先生訳)」と述べた。

チベット人作家ツェリン・ウーセルさんは「かつて夫(作家王力雄氏)とジェクンドを尋ねた際にお目にかかり言葉を交わしたことがある。長年にわたりチベットの教育振興に尽くされたリンポチェを心から尊敬していた」と悲しみ、金銭トラブルなどとは本当だろうかと動揺しています。「リンポチェのような高僧が金銭でけんかすることなどありえない」とコメントしている。

中国官製メディアは“チベット人は野蛮で粗暴で暴力的で直情径行な人々”というイメージを常に垂れ流し続けており、この件を報じるネットニュースにつけられるコメントにも「藏蛮子」(野蛮なチベット野郎)の文字があふれている、という(うらるんた伝)。

チベット亡命議会議員であるババ・ケルサンはリタンの高僧、慈善家であり無期懲役を受け無実を訴えつつ獄中にある「テンジン・デレック・リンポチェが爆弾事件の犯人として逮捕されたのもこの成都である」として、今回の事件も当局による暗殺の可能性もある怪しい事件と疑っている。

11世パンチェン・ラマ(ゲンドゥン・チュキ・ニマ)を探し出したチャデル・リンポチェが失踪させられたのもこの成都であった。成都には四川省の秘密警察本部がある。今回の殺人に目撃者がいた可能性は低く、犯人とされる3人のチベット人の自白のみが証拠とされるかもしれない。

アコン・リンポチェがイギリス国籍であるということで、中国はイギリスがこの事件に口を出すことを最初から牽制するために、『環球時報』の記事の中には中国人法学者の「事件は中国内で発生したことであるので、中国の法律に則って処理される」とのコメントを付け足している。「中国の法律に則って」とは「党の都合のいいように」ということである。

その他参照:10月8日付けRFA英語版
同チベット語版
10月8日付けBBC
10月8日付けThe Telegraph
10月9日付け石濱先生ブログ

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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