チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年9月19日
亡命後、再び2年間故郷に帰っていたある僧侶の話し
僧クンチョクは9年前、インドに亡命していたが、2011年から家族に会うために2年間故郷であるアムド、ゾゲ、テボ地区に帰り、再びインドに帰って来た。Tibet Timesが故郷の現状について彼にインタビューした記事を見つけたので、これを訳してみた。
故郷の小学校の教科書がすべて中国語に変わり、子供たちのチベット語のレベルが非常に落ちているという。しかし、これを補う方策も講じられ、チベット語への関心は高まっているともいう。
「故郷には6年までの小学校があるが、彼らのチベット語を書く能力はとても低い。そこで、数年前から村人たちは夏と冬の休みに教師を雇い、子供たちにチベット語を教える教室を開くことにした。この効果は抜群で、2ヶ月間の休みだけで、学校の1年分の授業に相当する勉強をすることができるという。嘗てはチベット語教育に対してあまり関心がなかったが、最近は若者の間にチベット語で会話し、チベット語を読み書きすることに対する新たな興味が芽生えている」と。
中国政府はチベットの農民や遊牧民に沢山の補助金を出して、生活を助けていると宣伝しているが、実際にはそんな金は渡されず、それぞれが何とか生活しているだけだと言す。
「中国政府は(一世帯毎に)何万元もの援助を行っていると宣伝しているが、チベット人の手には一銭も渡されていない。例えば、自分の家族では、2人の兄弟が大きな借金をして車を買い、それで運送業をやり家族を養っている。私の家族だけではなく、16歳以上の男の多くが、同じように借金をして車を買い、州都で働くか、州都と地区の間の物流の仕事をしている。こうして若者も勉強する時間を奪われ、最悪の場合には命も失う。地区の経済規模は大きくないので、他の地区に出稼ぎに行く者も多い。多くは運送業で暮らしている。政府の援助なんかで暮らしているものなど1人もいない」と。
焼身抗議を非難する書面にサインしない場合には政府の援助を打ち切ると脅されるという。
「今年の正月に近くの村に法要のために行った時、聞いた話だが。郷の警察が『焼身者を出した家に経済的援助を与えたり、焼身者のためにマニ(オンマニペメフン)を唱えて連帯を示したりした者は3年の懲役刑を受ける』等と書かれた3枚の書類にサインを強要しているという。サインしない時には、援助金がカットされるし、後で地区と県の警察が来て困難な状況に陥るぞと脅しをかけているという。しかし、地域のチベット人たちは『今までだって政府から援助なんて受けてない。自分たちで何とかしているだけだ』と言って、サインする者はいないという。だが最近は、スパイをいろんなところに送り込み、チベット人の連帯を壊し、仲間割れするような工作がいろいろ行われているそうだ」と話す。
ラサに行ったときの話し。
「自分がラサに列車で到着した時の話しだ。中国人はすぐにどこへ行こうと自由だが、チベット人たちは警察署へ連れて行かれ通行証を念入りに調べられ、持ち物をすべて厳しくチェックされる。『ラサに何しに来た?』等の様々な質問を受け、5時間ほど拘束された。その後、役所に行ってラサに滞在するための黄色の手帳を作らなければならない。最初申請した期間を過ぎて尚もラサに滞在したい時には、またそこに行き延長の手続きをしないといけない。ただ、自分は一日しかラサに滞在しなかった。道中、ちょっと巡礼したかっただけだ。デブン僧院とセラ僧院に行ったが、門はすべて閉まっており、お堂で拝むことはできなかった。僧院は空っぽのようになっていた」という。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)