チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2013年6月2日

ダラムサラ 法王ティーチング 愛情は幸せの元 ネズミだって友人がいれば病気の回復が早い

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_DSC9151ダラムサラのツクラカンでは6月1日から4日間ダライ・ラマ法王によるティーチングが行われている。今回リクエストしたのはインド人グループ。テキストはシャーンティデーヴァ(寂天)の「སྤྱོད་འཇུག 入菩提行論」。その第3章までが講義される。

低地インドの酷暑を避けてティーチングに来たという訳ではないであろうが、インド人グループは約1500人と相当の数であった。その他外人もいつもより多めであり、チベット人含め全体の参加者は7000人以上とのこと。今回日本人もこれまでの最多と思われる50人ほどが参加している。とにかく、ツクラカンの上も下も超満員状態である。

第1日目の今日(6月1日)、法王はいつものように仏教とは何かという話をされ、最後に少しだけテキストに入られた。

DSC_3216まず、インド人グループに対し「インドの智慧から生まれた哲学、理知により考察された深遠にして広大な宗教を今日、聖者の国(インド)の法友に説く訳であるが、これはあなた方の祖先の智慧を新しい世代の人々に伝えるという意味を持つものだ。私はこの事を多いに喜ぶ」と述べられた。

「すべての人も動物も一瞬一瞬幸せを求めて行動している」と言われ、「その幸せは物質に依らず心の状態に依る」ことを最初に説かれた。「21世紀になり、物質的な発展は目覚ましいが、心が満足せず、不幸を訴える人が大勢いる。かつては衣食住が満たされれば、身体的苦しみは軽減され、人は自然に幸せになるであろうと思われていた。しかし、現実はそうはなっていない。今、医者や脳科学者の多くが人の苦楽は心の状態に依るところが大きいという新たな認識を明らかにしている」と言われ、愛情の大切さを説かれた。

_DSC9190「例えば、この地球上には70億あまりの人がいるが、これら全員を宗教的な人にすることはできない。宗教も様々あるから、どの宗教にするかという問題も起る。宗教と言うものはそれぞれの個人の気質や環境、両親の宗教に従って決められるものであり、1つだけに絞る事はできない。宗教の有無に関わらず、愛と慈悲というものは利があり、必要であるということを説き、幼少の時から、教育によって愛情ということに意識を向け、その大事さを認識させることは重要だ。このようにして、70億人をより愛情深い人々に変えて行くということは可能と思われる。これが、みんなの責任だと私は思っている」と語り、この愛情の重要性は理解を伴ったものである必要があるといわれ、これはインドから始めるべきだと続けられた。

_DSC9183「この国には数千年前から宗教抜きの『世俗』を認める伝統がある。この国にはほぼ全ての宗教が共存している。時には宗教間の問題も起るが、一般的に言えば非常にうまくやっていると思われる。世界の人々の模範になると思っている。他の宗教を信じる人も尊重するという伝統がある。だから宗教を越えた愛情の大切さ、知識や理解が増えるに従って愛情が増えるという見本をインドがまず示すべきだと私は思っている」と述べられた。

DSC_3212愛情は幸せの元だということを強調され、「社会や家庭に愛情がなければ、いくら豊かな社会や家庭であっても幸せな気持ちを味わうことはできない。たとえ家庭が貧しくても、家族みんなが愛情深ければ、その家庭は幸福であろう。……これは人だけの話ではない。例えば、ある科学者から聞いた話であるが、同じような病気になったネズミを1匹だけ隔離した状態と仲間と一緒にした状態に分けて観察した結果、仲間と一緒にしていたネズミの方が回復が早いという結果がでたという。愛情の働きは生きるものにとって基本的なものなのだ」と説かれた。

DSC_3194日本人席。

以上は誰にでも分かる、大切な話である。法王は近年、宗教の枠を越えた世俗の倫理道徳の大切さを説かれることに教えの重点をおかれている。

その後、少し難しい話に入り、チベット仏教で言われるところの「ナーランダ大学の学僧17人」を讃える短いお経を読まれながら一人一人の哲学的教義の差異について説かれた。チベット仏教の特徴の1つは説一切有部、経量部、唯識、中観という仏教哲学各派の教義を「仏陀自身が色々な性格や能力を持った弟子たちに合わせて説かれた」と解釈することである。

同じく上座部仏教も大乗仏教も密教も「仏陀自身が色々な性格や能力を持った弟子たちに合わせて説かれた」と解釈する。法王は今日も大乗・密教非仏説論を否定する論議を展開されていた。

「大乗も密教も仏陀自身が説いた」という話は中国も日本もそのように説く。しかし、中国は定かでないが、日本では科学的仏教史も浸透しているので、僧侶であろうとこれを本気で信じている人はいない訳だが、チベットではまだこの歴史観が欠落したままであるのだ。

_DSC9226午前中の講義が終わり退出されるとき、日本人席の前で立ち止まり挨拶される。

余計なことだが「ナーランダ大学の学僧17人」の内ナーガルジュナ、アーリアデーヴァ、アサンガ、バスバンドゥは時代的に言って、ナーランダ大学が創設される前の人たちであるので、本来はこれに含める事はできないと私は思う。

「教えを聞く時には、すぐに信じるのではなく、疑いを持ちながら聞くべきだ。分析した後に確信の信を得るべきだ」と法王もおっしゃっているのだから、チベット社会では一般的に法王の話が信じられているが、ここで私の意見を言ってもいいと思う。もっとも、これは枝葉の問題ではあるが、様々な教義の評価に影響を与えていることも確かである。

DSC_3208外人席。

「入菩提行論」の第1章は「菩提心の利益」、第2章は「懺悔」、第3章は「菩提心の受持」である。
明日から、大乗仏教の核心である菩提心の話に入り、最後に全員に菩薩戒が授けられ、みんな菩薩の卵になることであろう。

DSC_3240午後の講義が終わり退場される時に再び日本人グループの前に来られ、言葉をかけられる法王。

DSC_3251日本人たちの前で深々と腰を折られ「日本人に挨拶すると腰の運動になるわい、あはははは、、、、」と法王。

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_DSC9090前首相のサムドン・リンポチェ。今回法王の講義の後毎日インド人グループの質疑応答に答えることになっている。

_DSC9105おまけ。法王の後ろ姿。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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