チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年5月21日
李克強首相インド訪問 潰されたチベット人抗議デモ
中国の李克強首相が19日から今日までの3日間インドを訪問中である。これに対し亡命チベット人グループは抗議デモを計画していたが、インド政府の指示を受けたデリー警察による強烈な封鎖作戦により、大規模なデモは全て不発に終わった。
前日までは一旦許可されていたニューデリー中心部ジャンタール・マンタールでのNGO合同デモは実行11時間前に不許可とされた。デリーのチベット人居住区であるマジュヌ・カティーラには大勢の警官が配備され、チベット人が地区外に出る事が完全阻止された。また、デリーの各大学に通うチベット人学生のホステルにも警官が配備され、封鎖された。その上、李首相が宿泊するホテルや会議場へ通じる道路も全て閉鎖され、これによりデリーでは大渋滞が発生。酷暑の中で足止めをくらい、歩く事を余儀なくされたインド人たちから政府に対するブーイングが起った。
SFTインド地区代表のドルジェ・ツェテンはインドのテレビ番組の中で「民主国家なのに平和的な抗議デモが許可されないのはおかしい。李首相は独裁・圧政国家の責任者であり、チベット内の焼身者に代わり我々チベット人が彼に抗議するのは当然である」と語っている。
そんな中、何とかめだった活動に成功したのはSFTであった。タシというSFTメンバーが李首相が宿泊するタージパレスホテルから100数十メートルの距離にあるビルの屋上から20メートルの長さの垂れ幕を吊るすことに成功。垂れ幕には「中国はチベットから出て行け。インドから出て行け。李克強よチベットは自由になる」と書かれていた。同時にタシは「チベットに自由を!チベットの独立はインドの安全保障」と叫んだという。彼は同時に警官隊の封鎖を突破してホテルに近づこうとした2人のSFTメンバーと共にただちに拘束された。19日には1人のチベット人若者が中国大使館に突入しようとし拘束されている。今のところ警察に拘束されたチベット人はこの4人だけである。
その他、SFTは李首相のインド訪問を前に”TIBET Challenge to CHINI Joker in India”と題されたショートビデオをネット上に発表し、インドのテレビ等でも取り上げられ話題を提供している。ビデオの中では李首相のお面を被ったメンバーがインドで今流行っている歌と踊りを路上で披露しながら、最後に「俺は李克強、中国でナンバー2のジョーカー(ペテン師、ふざけたやつ)。俺はチベットと中国の人権をからかう。言論の自由をからかう。インド国境をからかう。なんで俺みたいなジョーカーが招かれたんだ?」と書かれた紙を示す。そのビデオ>http://www.youtube.com/watch?v=MAKi5R5sakYhttp://www.youtube.com/watch?v=MAKi5R5sakY
李・マンモハンシン会談
肝心の李首相とインドのマンモハン・シン首相の会談の話に移る。中国は李首相訪印を前にしたほんの2週間前まで3週間に渡り、インド最北端の国境線を侵犯しインド軍と対峙させ続けた。首相訪印前にわざわざなぜこのような行動を起こしたのかについては、中国得意の圧力外交の一環として、まず圧力をかけておいて、適当な時期を見計らって受け身に回らされたインドと如何にも話し合いにより解決してやったように見せかけるためではないかと思われている。何れにせよ、国境問題で中国が妥協するつもりはないというメッセージである。
もちろん、マンモハン・シン首相は会談の冒頭でこの国境問題を持ち出し「(国境問題で)平和が脅かされれば、それは全ての関係に影響する」と述べたが、李首相は「国境問題は平和的に解決されよう」と曖昧な返答を返しただけだった。インド側はもう1つ両国が共有するプラマプトラ川等の河川問題を持ち出し、「両国を流れる川は両国を団結させるべきものであり、分裂させるものであってはならない」と述べた。これに対しては両国が川の流量などの情報を細かく伝え合うということで合意したようである。3番目にインド側は貿易において「中国の投資を歓迎するが、あくまでも相互のバランスを考慮すべきだ」と述べた。これは中国との2国間貿易の額は近年急速に延びているが、インド側の大幅な赤字状態が続いていることを憂慮しての発言である。今回も李首相は経済関係者を伴って訪印し、ビジネス中心に話を進めようとしている訳だが、実際にはインドは損をしているばかりであり、これもあまり喜べる話ではない。
これに対し、中国側はまず最初にダライ・ラマの存在に不快感を示したという。マンモハン・シン首相はまず「ダライ・ラマは尊敬されるべき精神的リーダーである」と述べた。次に「しかし、その政治的活動は許可しない」と答えたという。この言説を証明するためにも今回インドはデリーでのチベット人デモを厳しく規制したのだと言えるかも知れない。
共同声明の中には中国が全ての国々に強く求める「1つの中国」ということばは盛り込まれなかったという。「1つの中国」を認めるということはチベットはもとより特に台湾も中国の一部だと認めるということである。インドは前回2010年に胡錦濤がインドを訪問したときからこの「1つの中国」という言い方を共同声明に含めないことを始めた。これはカシミールをインド固有の領土と認めない中国に対する対抗的姿勢を示したものである。今回は国境侵犯のすぐ後であり、この一文を加えることを拒否したのは当たり前であった。また、共同声明には中国側が要求した「チベット」という言葉を入れることも拒否された。
李首相は今日、インドの商業中心地ムンバイを訪問し財界人たちと会談を行った後、次の訪問国パキスタンに向かう。パキスタンとインドは敵対関係にある。インドを訪問したすぐ後にパキスタンの友好国である中国は様々な援助を約束するであろう。インドは色んな意味で今回の李首相をもろ手で歓迎という分けには行かない訳である。
参照:20日付BBC http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-india-22592770
21日付The Hindu http://www.thehindu.com/news/national/india-plays-down-omission-of-tibet-from-joint-statement/article4733709.ece
20日付けNDTV http://www.ndtv.com/video/player/the-social-network/muzzle-on-dissent-india-china-bhai-bhai/276017
同じくNDTV チベット人抗議デモを伝えるhttp://www.ndtv.com/video/player/news/chinese-premier-s-visit-protests-by-tibetan-groups-in-delhi/275953
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)