チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年4月16日
ウーセル・ブログ:膨大で高コストの治安維持部隊
よく「焼身抗議はアムド、カムばかりでなぜチベット自治区(ウツァン)で少ないのか?」という質問がでる。これに対する一般的回答は「チベット自治区では当局による監視が非常に厳しく、焼身やデモを行う事も容易ではないからだ」である。ウーセルさんは4月6日付けのブログで、このチベット自治区が小さな村落に至るまで、如何に金も掛け、細かく管理、監視されているかについて「駐村工作隊」の実体を明らかにしながら解き明かされている。これほどまでに全てを監視されるチベット人たちの息苦しさはどれほどであろうかと想像される。
原文:http://woeser.middle-way.net/2013/04/blog-post_6.html
翻訳:@yuntaitaiさん
多却村で活動するロカ地区商務局の駐村工作隊。写真は「先進的な基層党組織を建設し、優秀な共産党員になり、民衆に利益を与える活動」のサイトhttp://www.vtibet.cn/zhuanti/node_682.shtml
駐村工作隊と駐寺工作組はチベット自治区で、世帯ごとに一人ひとり、僧院ごとに一人ひとり「民間事情檔案」を作り、厳しい警戒網を張り巡らせる。
◎膨大で高コストの治安維持部隊
北京で昨年開かれた両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)で、南方週末はチベット自治区の人民代表大会常務委員会主任チャンパ・プンツォと主席ペマ・ティンレー(肩書きはともに当時)を取材した。村レベルの工作組と治安維持の関係を問われた時、チャンパ・プンツォは「2012年に自治区全体の5000以上の行政村に駐村工作組を派遣した。(中略)駐村幹部は毎年交代し、3年以内に2万以上の幹部が村に駐在するようになる」と答えた。彼はもちろん、「これは治安維持のためというわけではない。大事なのはやはり経済発展の手助けだ」と補足した。
「治安維持のためというわけではない」。この言葉はうそだ。昨年10月の最終報告書は「チベット自治区の各レベルの駐村工作隊は終始、駐村工作の重要な内容として、社会の安定を守る職務に力を入れていた」と書いている。そのために、「県、郷、村、組、戸の5段階の治安維持情報交換システムや安全防備システム、トラブル調停システム」を整え、「全ての村が砦になり、誰もが哨兵になるという郷村防犯システムを構築した」という。
具体的に言えば、チベット自治区は2011年10月以来、各機関や団体で人を集め、駐村工作隊5453班を組織し、自治区全体の全ての行政村をカバーした。同時に、1700以上の僧院(寺)にも駐寺工作組を派遣した。3万人に満たない牧畜エリアのナクチュ地区ニェンロン県だけでも、駐村工作隊86班と駐寺工作組6班、駐郷工作組10班が派遣された。昨年12月にはポタラ宮広場で、赤い旗を高く掲げ、太鼓を打ち鳴らす第2次駐村工作隊に向けて、漢人とチベット人の党員たちが治安維持活動を続けるよう指示した。
駐村工作隊のここ1年の治安維持状況がおおよそ理解できるので、当局の最終報告書を抜粋しよう。例えば、自治区ロカ地区に駐在する各級の駐村工作隊は、「ダライ集団の批判大会を3866回、重要人物(元受刑者またはお年寄りなど)の支援、更生保護活動を1856回、僧院に浸透して僧尼と本音で語り合う活動1886回、それぞれ展開した」。しかも、「1080班の『護村隊』を組織し、健全な治安維持対策を3346項目実施し、すき間のない治安維持防犯ネットワークを組織した」という。
また、例えばチャムド地区にいる各級の駐村工作隊は、「ダライ批判大会を7107回、(中略)重要人物の支援、更生保護活動を8369回実施し、宗教施設に3234回浸透し、僧尼と5608回話し合った。延べ1万971人分の重点分野、人員管理業務について、村の居民委員会を助け、群衆の陳情1279件と集団抗議事件1321件を適切に解決した」。これらの何千という数字には本当に驚かされる。
チベット自治区の各機関、団体が「6地区1市」(ロカ地区、シガツェ地区、ニンティ地区、チャムド地区、ナクチュ地区、ンガリ地区とラサ市)に駐村工作隊と駐寺工作隊を派遣するほか、公安部の公安辺防総隊と武装警察チベット総隊、チベット公安消防総隊などの軍警組織も駐村工作隊や駐寺工作組を派遣し、団結して治安を維持する。批判大会開催や僧侶との対話のほか、実はより重要なのがいわゆる「民間事情檔案」を作成することだ。世帯ごとに一人ひとり、僧院ごとに一人ひとり、全ての者がファイルに記録される。確かに、当局の言う「三無」、つまり「盲点がなく、すき間がなく、手付かずの部分がない」という状態が実現する。つまり、完全に国家機関によって、チベット人を村ごとに、僧院ごとに監視するのだ。
治安維持はこれほど浸透し、長く続いており、コストの高さは計り知れない。金銭面だけを見ても、駐村工作隊や駐寺工作組のメンバーは給料や福利、財政的な補助のほか、ボーナスや各機関からの補助も受け取る。彼らを辺鄙な片田舎にとどまらせるため、すさまじくカネを支給するだけでなく、将来の出世まで約束する。そのため、「1年間の駐村で家か車を買える」「駐村には理由がある。治安維持はただのスローガンで、金を稼ぐことが目的だ」とチベット人にからかわれている。村に駐在するメンバーにすれば、「上に政策あれば下に対策あり」だ。「民間事情檔案」を作成してしまえば、後は新聞や書類を読むのが通常業務になる。残りの時間は退屈で、こまごましたニュースがあるだけだ。しかし、各地の村民や僧尼たちにすれば、彼らの存在こそが大きな暗い影になる。
チベット自治区でこの治安維持モデルをつくったのは、2011年に区党委書記に就任した前河北省省長の陳全国だ。彼は河北省で、1万5000人の「幹部下郷運動」を実施したことがある。同じように治安維持が主な目的だった。メディア人の北風は以前、ツイッターでこう論評した。「河北省が幹部を村に派遣して駐在させる。これは治安維持政治の顕在化だ。統治と社会変化が最終決戦の段階に入ったことを物語っている。治安維持政治がこれ以上極端な方向に向かったら、残るのは軍事管制への道だけだろう……」
2013年3月12日 (特約RFAチベット語)
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)