チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年3月15日
劉燕子さんからのメール
ウーセルさんの著書の日本語訳でも知られる大阪在住の作家・翻訳家劉燕子さんが約一ヶ月に渡る中国でのフィールドワークを終えられ日本に無事帰国?された。そして、その報告がメールで先ほど届いた。
残念ながら自宅軟禁中のウーセルさんにダラムサラ発の法王カタを直接渡すことはできなかったようだが、人づてにそのカタは彼女に渡され、ウーセルさんも感激されたようでなによりである。
広州で反体制知識人たちと「飯酔」中にウーセルさんの「勇気ある国際女性賞」受賞決定というニュースが入り、みんなで大喜びしたということや、3月14日に香港で「抗議焼身自殺者の追悼」と共にチベット連帯集会が開かれたことを写真と共に報告して下さっている。
最後に楊海英静岡大学教授が書かれたウーセル・王力雄・劉燕子著『チベットの秘密』(集広舎)の書評が紹介されている。
劉燕子さんの了承を得て以下、これを転載させて頂く。
法王もおっしゃっているようにチベットの闘いを前進させるためには、理解ある中国人知識人との交流が非常に大切なのである。
オーセルさん「勇気ある国際女性賞」受賞で繋ぐダラムシャラ~北京~香港~広州~大阪
劉燕子
私は三月一日から二週間ほど中国でのフィールドワークに行ってきました。両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)で厳戒中の北京までは足を延ばせませんでしたが、ダライ・ラマ法王の加持祈祷を受けたカタが、インド北部のダラムシャラ~日本のルンタ~私~香港~内地の北京と、長い曲折を通して、軟禁中のオーセルさんに届いたことを確認できました。
オーセルさんはカタを受け取りとても感激しました。そして「習近平主席は中華民族復興の夢の中にいますが、それはチベット人の夢でしょうか。中国人の夢はチベット人の夢ではありません」と語りました。三月六日、広州でリベラル知識人、釈放されたばかりの人権活動家、気骨あるジャーナリストたちと交流していると、オーセルさんがアメリカの「勇気ある国際女性賞」受賞決定というニュースが入ってきました。みな大いに喜び、「飯酔」を催し、ライターの炎を灯して祝いました。
この「飯酔」の中国語の発音は「犯罪」と同じで、今の中国では、会食で政府に不都合なことを語りあうだけでも犯罪とされます。
私たちは「飯酔」の中で、「暗黒を駆逐し、希望を灯す。殺劫を再発させず、南北両会代表はオーセルさん受賞を祝賀する」というメッセージを作り、ツイッターやメールで発信しました。「殺劫」はオーセルさんの本(集広舎)のタイトルで、「南北両会」は、釈放された人権活動家が北の北京から南の広州で合流したことを意味します。三月十四日、香港中心部の広場では、チベット連帯集会が、仏教、キリスト教(カトリック、プロテスタント)、市民たちの共催で開かれ、抗議焼身自殺者の追悼も行われました。
会場では、日本の「チベ友」が、チベットから亡命した子どもたちの絵画を編集したパンフレットが配られていました。目にした参加者はみな関心をもって見ていました。
また、一人の高校生は「今日のチベットの状況は、香港の未来を考えさせられます。香港の自治は危ういです」と語りました。さて、三月十六日付け「図書新聞」では、楊海英静岡大学教授が「他人の『秘密』を覗いた後の対応方法」と題してオーセル、王力雄、劉燕子『チベットの秘密』(集広舎)の書評を寄稿しています。この「秘密」は、中国政府が厳重な情報統制で隠している「秘密」です。そして、楊教授は、日本は何をすべきだろうか、ただ他人の「秘密」を覗いただけで、何もしなくていいのだろうか、と問いかけています。
広州や香港でも自覚ある人たちは、前記のようです。日本でも、と祈ります。
楊海英教授の書評
他人の「秘密」を覗いた後の対応方法
―『チベットの秘密』ツェリン・オーセル/王力雄著 劉燕子編訳(集広舎 2012年)-チベットの秘密は何だろうか。日々、電波を通って伝わってくる「我が身を炎と化す」焼身自殺の原因だろうか。中国はそれを「国外にいる、一握りの民族分裂主義者による扇動だ」と主張している。あるいは、ダライ・ラマ法王が日本などを訪問した時に、「外国による内政干渉に抗議する」、といつも激昂し、甲高い声を出している中国外務省スポークスマンの胸中だろうか。はたして、日本人はどれほど、このような茶の間にまで入ってくる情報について、真剣に分析しているのだろうか。本書は国際問題であるチベット・クェスチョンを考える上で欠かせない手引きとなりうる。
「成人してからの人生の大半を中国人の刑務所で過ごしてきました。しかも、私自身の国で」。これは大勢のチベット人たちが今も置かれている立場だ。「ある若い僧侶が拷問の経験を語ってくれました。彼は逆さに吊り上げられて、肋骨を三本も折られました」。こうした暴挙は決して「五千年の文明を有する、天下の中心に住む人々」がいうところの「日本人侵略者の残忍行為」ではない。中国人自身が否定した「文化大革命中の間違った行動」でもない。現在進行形で、「解放者」の中国人たちが「ヨーロッパの中世よりも暗黒な世界に暮らすチベット人」に対して働いている行為である。「暴力と非暴力の境界線は誰でも知っています。ですからやはり私はやはりらせつにょ羅刹女の骨肉なのです」。(羅刹女と猿との子孫だと伝承する)僧や尼たちが全チベット人の「苦難を代わりに引き受けて、代わりに殴られ、投獄され、死に赴いている」事実が、秘密のほんのわずかの一端であろう。ダライ・ラマ法王だけでなく、全チベット人が、慈悲と平和を信じているがゆえに、中国人の暴虐に同じような手法で返すのではなく、我が身を炎に化す形で世界に訴えているのである。むろん、自国の国民を4000万人も餓死させても、誰も責任を取らなかった国柄なので、今さら100人を超えつつある「焼身自殺した民族分裂主義者」に憐憫の念を示すとは思えない。
問題は日本語の読者たちだろう。世界の屋根に登山に行くだけでよいのだろうか。「大黄河」の源流や「シルクロード」の一部をドキュメント番組にして二流のオリエンタリズムを再生産しただけで満足すべきだろうか。あるいは、仏教の源郷インドに経典が存在しなくなった以上、インド仏典にもっとも近いチベット仏教の典籍を書斎で吟味するのみで思索を停滞させていいのだろうか。登山や仏典の翻訳等の意義を否定するつもりは毛頭ないが、ただそれだけでは過去への遡求はできても、今を生きる世界の衆生に開示されている「チベットの秘密」には答えていないので、改善が求められている。
日本は何をすべきだろうか。著者のオーセル女史はパスポートを申請する権利を剥奪され、最低限の公民権すら有することもできず「文明人」の監視下で暮らしている。アメリカ合衆国には多数の基金や財団がアジアの民主化支援に積極的に関わっている。ヨーロッパでは平和活動を奨励する目的で設置された賞が多く、オーセル女史も選ばれている。このような諸先進国と比べると、日本は無数の企業が「日中友好の使者」として金儲けをしているし、利潤はさらに共産党の強権維持にも「貢献」している。日本が提供した先端技術はチベット侵略鉄道と寺院に設置された監視カメラに「活用」されている。過去に一度だけ大陸に進出したからといって、かくも独裁政権を熱愛する「日中友好論者」たちは、人道に対する犯罪を助長している、と自省したことはあるのだろうか。
他人の秘密を覗いてしまった以上、まずは反省し、それから関与しよう。草の根レベルでチベットを支援するだけでなく、独裁政権による侵略と弾圧をと止めなければ意味がない。戦後一貫して平和の道を歩んできた、世界第三位の経済力を擁する国も「アジア平和促進賞」のような賞や基金を創成して、各国の「内政」に積極的に介入すべきことを評者は提案したいのである。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)