チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年11月8日
<速報>7日さらに、ンガバで15歳の僧侶1人、16歳の僧侶2人が焼身。ディルでも1人。「十八党大会」の前日1日に5人!内外合わせ73人!
ンガバで3人
ダラムサラ・キルティ僧院が伝えるところによれば、11月7日、現地時間午後3時頃、ンガバ州ンガバ県ンガトゥ・ゴマン郷(རྔ་པ་རྫོང་རྔ་སྟོད་སྒོ་མང་阿坝州阿坝县各莫乡俄休村)の警察署の前で若い3人の僧侶が一緒に焼身抗議を行い、その場で1人死亡した。
3人ともンゴシュル僧院の僧侶。死亡した僧侶の名はドルジェ(རྡོ་རྗེ་)、15歳。ンガトゥ・ゴマン郷ツォドゥク村出身、父の名はツェリン、母の名はガンカル(去年死亡)。2人目は僧サムドゥプ(བསམ་འགྲུབ་)、16歳、上記ドルジェと同郷、父の名はスダル、母の名はパッサン。3人目は僧ドルジェ・キャプ(རྡོ་རྗེ་སྐྱབས་)、16歳。ンゴシュル・メウキョン村出身、父の名はツェリン・ドンドゥプ。
3人は焼身しながら、「ダライ・ラマ法王をチベットに!チベットに自由を!」と叫んだという。焼身後、直ちに警官等が集まったが、僧ドルジェはすでにその場で死亡していた。僧サムドゥプと僧ドルジェ・キャプはその場では死亡しておらず、警官が2人をンガバの病院に運んだという。しかし、その後ンガバ地区全体で交通が遮断され、ンガトゥ・ゴマン郷とンゴシュル僧院には大勢の部隊が配備されたので、その後2人がどうなったかについての情報は未だ入っていない。
僧ドルジェ、生前の写真(13日になり、やっとダラムサラ・キルティ僧院が入手したもの)
ンガトゥ・ンゴシュル僧院(རྔ་སྟོད་སྔོ་ཤུལ་དགོན་པ་)はゲルク派の僧院であり、現在130人の僧侶が在籍。ンガバの街から北西12キロほどの所にある。
これほどに若いチベット人が3人一緒に焼身したのはもちろん初めてのこと。
同じンガトゥ・ゴマン郷では2008年にンゴシュル僧院に近いゴマン僧院で1人のレクシェという老僧が中国政府の弾圧に耐えきれず自殺している。
僧ドルジェ・キャプ、16歳。2人とも11月28日時点でも、未だ行方不明のまま。
ディルで1人
さらにVOAとRFAによれば、チベット自治区ナクチュ地区ディル県にある
ぺンカル郷(འབྲི་རུ་རྫོང་པད་དཀར་ཤང་比如県白嘎郷)キルコル・タンのスンドにある政府庁舎付近で、午後8時頃、1人のチベット人男性が焼身抗議を行ったという。詳細は未だ不明である。
10月25日にツェポとテンジンが焼身した郷と同じである。
内地焼身70人、死亡確認56人。内外合わせ73人、死亡確認57人。
「十八党大会」の前日、11月7日には1日の間に5人のチベット人が焼身したことになる。
参照:7日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/self-immolation-amdo-ngawa-11072012120754.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
7日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/9591-2012-11-07-16-51-03
7日付けVOA英語版http://www.voatibetanenglish.com/content/article/1541162.html
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)