チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年11月3日

国連の人権に関するトップ責任者が、チベット問題に関する声明を発表

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374897_10151123706896872_1396457117_n昨日(11月2日)、国連の人権に関するトップ責任者である国連人権高等弁務官ナビ・ピレー(Navi Pillay)女史はチベット問題に関し「中国政府に態度を変えることを要請する」声明を発表した。この声明の反響は大きく、チベット系メディアはもとより、BBC初め日本を含む多くの国際メディアもこのニュースを伝えた。

チベットの主なNGO等は概ねこれを「焼身者の尊い犠牲と国連と世界に訴え続けた様々なキャンペーンの勝利」と受け取り喜ぶという反応が多く見受けられた。もっとも、いくつかのチベット系団体は、この声明を批判的に捉えているというのもあった。それについては最後に報告することにして、以下、まず、国連が発表したその声明の全文を日本語に訳してみたので、それを紹介する。声明と言っても、なぜか、国連が発表したものは直接声明という形ではなく、ナビ・ビレー女史はこう語ったというレポート形式で発表されている。

原文:http://www.ohchr.org/en/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=12729&LangID=E

ピレー:中国は、チベット地区の人権に関する根深いフラストレーションを認識し、これに対し速やかに答えるべきだ

ジュネーブ(2012年11月2日):国連人権高等弁務官であるナビ・ピレー女史は、金曜日(11月2日)、中国当局に対し、焼身抗議を含む危険な絶望的抗議方法にまで高まっている、チベット人居住区における長期的不満を認識し、これに速やかに答えるべきであると表明した。

国連の人権に関するトップである女史は、「彼らの基本的人権である、表現、結社、宗教の自由を行使するチベット人に対する継続的暴力の使用」及び、「平和的抗議デモ参加者に対する拘束、失踪、過剰な暴力行使、チベット人の文化的権利抑圧等の報告」に対し当惑していると語る。

このようなケースの中には例えば、17歳の少女が、チベットの自由とダライ・ラマ法王の帰還を訴えるチラシを撒いたとして、激しい暴力を受け、3年の刑を言い渡されたというものもある。また、エッセイを書いたり、映画を作ったり、中国国外にチベット内で起ったイベントの写真を送ったとして4年から7年の刑を受けるというのもある。公正な裁判が行われておらず、拘束者に対して拷問や虐待が行われているという深刻な憂慮が提起されている。

「これまでにも、中国政府とこれらの問題について何度か話し合ったことがある。しかし、人権を守り、暴力をなくすためにもっと為すべきことがある」とピレー女史は語る。「政府に対し、平和的集会と表現の権利を尊重し、このような普遍的権利を行使しただけで、拘束されている全ての人々を解放することを要請する」

一方、高等弁務官はチベット人に対しても、焼身等の極端な抗議方法を取ることを止めるべきだと訴える。そして、コミュニティーと宗教的リーダーたちに対し、この悲劇的人命の損失を止めさせるために影響力を行使することを求めた。

「私はチベット人たちの強いフラストレーションと絶望感がこのような極端な方法に導いたのだと認識する」と言い、「しかし、そのような感情を明らかにするには他の方法もあるのだ。政府もこのことを認識し、チベット人が彼らの感情を報復の恐れなく表現することを許すべきだ」と続ける。

高等弁務官は政府に対し、信頼構築の手段として、独立、公正な調査機関が現状を評価するために現地を訪問することを許可し、また地域へのメディア規制を廃止すべきことを求めた。女史はこれまでに、宗教と信仰の自由に関する特別報道官を含めた、国連の様々な人権に関する特別報道官が12回にも渡り正式訪問を要請したが、未回答のままであることを指摘した。国連人権会議が開かれる前、中国の一般人権記録に関する定期的見直しが行われている時、中国は特別な手続きに関して協力を強化することを約束していた。ピラー女史は政府が調査に協力することを要請した。

「厳重な保安体勢や人権の抑圧により、チベットの社会的安定が達成されるということは決してない」と女史は断言する。「深層レベルの問題が認識されるべきだ。故に、中国政府は様々な国際的人権機関が提示した勧告や、国連の独立した人権専門家が提示したアドバイスを真剣に考慮すべきである」

チベットに関し、国際的人権機関が中国に対し勧告した項目は例えば以下のものである:

*食料権利に関する国連特別報道官Olivier De Schutterは、チベットの人口の大多数を占める遊牧民に対する強制移住を中止し、意味ある協議を求めた。
*国連の人種差別撤廃委員会(CERD)は少数民族居住地域における人口構成を大々的に変更する可能性がある政策や誘因制度を見直すことを勧告した。CERDはさらに、中国共産党が2008年3月の民族間の暴力を含めた騒乱の根本的原因を注意深く考察すること、また状況が悪化した原因についても考察することを勧告した。
*国連の拷問禁止委員会は2008年11月、2008年3月に起った抗議活動に対し中国が全面的かつ独立した調査を行うことを勧告した。これには、カンゼ、ンガバ、ラサにおいて特に僧侶たちが行った平和的抗議デモに対する過剰な暴力行使の報告を含む。さらに、逮捕、拘束された者たちに対する拷問、虐待の申し立てについても同様である。

「私の事務所はこの地域における問題に対し建設的なアシストを行い、この少数民族を保護するため、世界中からの最良の実践を奨励する用意がある」とピレー女史は付け加えた。

394001_10151218867358607_580827521_n先週ニューヨークでチベット問題を訴えるためにSFTのテンジン・ドルカがナビ・ピレー女史と会ったという写真。「このような様々なグループによるロビング活動が今回の『強い声明』を引き出すことにつながった」とSFT代表のテンドルは言う。

彼女の事務所はこの声明がこの時期に発表されたことについて、「直接中国の十八党大会とは関係ない」と言ったそうだが、この大会を前にチベットを始め中国全土で厳しい統制が行われていることと関係ないとは思われない。また、新指導部への牽制とも取れる。もっとも、この声明に対し今のところ中国当局は何の反応も示しておらず、「こうしろ、ああしろ」というタイプの進言、勧告は今回も全く無視される可能性が高い。

この声明を批判的に捉えるチベット人たちは、まず、彼女が「チベット問題の本質を理解していない」という。内地のチベット人たちが命を掛けてまで訴えていることは「チベットの自由、独立。ダライ・ラマ法王のチベット帰還」であり、単なる「抑圧に対する不満」ではないという。それは彼女の民族的出身地であるインドが独立のために立ち上がったということを考えてみれば分かるであろう、という。彼女はインド系南アフリカ人である。チベットの闘いは単なる人権回復ではない、完全な自治、あるいは独立が叶えられるまで続くというわけだ。

また、彼女が焼身に付いてこれを「強いフラストレーションと絶望感の現れ」と見なし、「他にもこれを訴える方法はある」「コミュニティーや宗教指導者はこれを止めさせるために影響力を行使すべきだ」と発言したことに対し、これは実際に内地で日々弾圧に曝される人々の感覚と行動を理解しようとしていない、お門違いの、無責任な意見であると言う。

とにかく、彼女がこれまで、一度もチベット問題に対し直接中国を非難する声明を発表しておらず、これが初めてということも問題と言えば、問題である。これまでにも「無期限ハンスト」等により何度も国連には訴えているし、12月10日には「真実のトーチリレー」により集められた署名と共に国連に訴えるということも行われる。これからの国連の対応に注目するしかない。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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