チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年10月16日

ウーセル・ブログ「鉄道でラサに行こう……」

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第18回党大会を前に北京を追い出されたウーセルさんは8月中にラサ入りした後、理由は不明だが、一旦ラサを離れ、もう一度列車でラサに入られたようだ。今回のブログでは、彼女が青蔵鉄道でラサに向かったときの車内における焼身に関する漢人旅行者との会話と、到着したラサ駅で他のチベット人たちと共に派出所に連行された時のことが報告されている。

「ブッダは衆生の平等を教え諭したが、現実には民族の違いに天と地の差がはっきり表れている」という。

原文:http://woeser.middle-way.net/2012/10/2012-910-ttpwww.html
翻訳:@yuntaitaiさん

001列車内にあふれる中国各地からの観光客。彼らは身分証1枚だけで自由にチベットに入れる。

002青蔵鉄道は満載の観光客を送り込むだけではなく、満載の鉱石を運び出している。

004ラサ駅派出所。

◎「鉄道でラサに行こう……」

 青蔵鉄道の列車内はチベットに向かう中国各地の観光客であふれ返っていた。数年前に流行した「鉄道でラサに行こう」という歌がまだ流れている。湖北省出身のある公務員は不安そうに「ラサの治安はどうなんでしょう?」と尋ねてきた。「あなたたちにとっては、とても安全でしょう」と、私はわざと「あなたたち」を強調して答えた。隣の席に座っていた生粋の北京語を話す若者たちが理由を聞いてきたので、「街中に軍と警察、私服警官がいるんだから」と答えた。

 公務員は話の分かる人で、「チベット族の人は煩わしく感じてるんでしょう?」と言った。一方、若者は「一部のチベット族の焼身と関係があるんでしょ?」と大声を上げた。党の大音量のスピーカーはあまり触れないし、各レベルの党組織も市民が公然と話し合うのを認めないが、やはりチベット人の焼身について聞いたことのある者はいるようだった。

 私は彼らを見つめた。ほかのよく知らない国の人たちを見ているようだった。「一部ではなく、もう50人以上のチベット人が焼身しました。焼身者はチベット全土にいますし、亡命者の中にもいます」と説明した。ある人は「どうして焼身するんですか?」と何も考えずに聞いてきた。別の人はすぐに体を引っ込め、窓の外の風景を眺めた。

 誰もが中国語を使っていたが、私は言葉の壁を感じた。焼身は世界的にもまれな痛ましい事件というわけではない。だが、異なる文化を持つ人たちから見ると、個人的な利益のための行動であれば理解しやすく、逆にこれほど多くの者が民族の利益のために行動したということは理解しがたい。それでも私はまだ少し話をしたかった。たとえば、焼身したチベット人の何人かが残した遺言を彼らに伝えたいと思った。

 誰も続きを聞きたがってはいないようだった。つまり、チベット旅行は多くの中国人の夢だということだ。各種の交通機関は便利になったが、十数日の長期休暇は思うようには取れないため、彼らは全ての観光スポットに「誰それ参上」と落書きしたくて仕方がない。彼らの頭には道中の風景と旅行会社推薦の観光スポットしかない。観光スポットとは関わりのない現地人、たとえば焼身するチベット人には全く関心を持っていない。

 ブッダは衆生の平等を教え諭したが、現実には民族の違いに天と地の差がはっきり表れている。衆生を満載した列車がラサ駅に着いた時、十数人のチベット人が武装警察に引き止められた(武装警察はキャッシュカードを読み取るような小さな機器で身分証をチェックしていた。私が身分証を渡すと、「ウーセル、残ってください」と大きな声で呼んだ)。チベット人以外の乗客はこれ以上ないほど順調に、とても興奮しながらラサの各地へと走り出した。高山病に苦しんでいた人も元気になっていた。

 では、引き止められたチベット人はどうなったのか?全員が近くのラサ駅派出所に連れて行かれた。私はある出来事を思い出さずにはいられなかった。今年初め、インドでダライ・ラマ法王の法会に参加したとして、ラサのたくさんの人が「学習班」に閉じ込められて洗脳を受けた。彼らが自宅や帰宅途中の道から警察に連れ去られた時、私と同じように緊張したのではないか?

 青海省海南チベット族自治州から来た2人の中年チベット人は「入蔵許可証」を持っていなかったため、翌日になって送還された。同じチベット人の警官は2人の懸命の訴えを聞かず、「『入蔵許可証』を発行するのは県級以上の公安でなければいけない」と強調した。おかしかったのは、漢化した容貌の若い女性が自分を「ニセ蔵族」だと弁解したことだ。警官が驚き、理由をただすと、受験で少数民族向けの優遇措置を受けるため、(民族籍を)漢族から蔵族に変えたのだという。彼女は「今では面倒ばかりになった」としきりに後悔していた。

 「入蔵許可証」を持つ全てのチベット人は身分証をコピーされ、ラサでの滞在先と目的、職業を記録され、更に署名して真っ赤な拇印を押さなければいけない。私は「入蔵許可証」を持っていなかったが、第18回中国共産党大会の開会前に北京を離れなければいけない特別な者だったため、この手続きを進めた。

 ラサ入りを認められたアムドの青年2人は私と一緒に派出所を出た時、「チベット人なのに、ラサはこんなに入りにくいんだね」とため息をつき、声をつまらせた。

2012年9、10月、ラサにて    (RFA特約評論)

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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