チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年10月1日
法王ティーチング 一日目
台湾の施主たちに先導されパレスからツクラカンに向かわれるダライ・ラマ法王。
今日からダラムサラのツクラカンでは4日間の法王ティーチングが始まった。今回ティーチングをリクエストしたのは台湾グループ。テキストはアティーシャの「བྱང་ཆུབ་ལམ་སྒྲོན་菩提道灯論」。アティーシャ(ディパンカーラ・シュリジュニャーナ)はインド・ヴィクラマシーラ大学の学長も勤めた大学者である。11世紀にインドから西チベットの王によってチベットに招かれ顕蜜の教えを多くの弟子に伝え、一旦衰えていたチベット仏教を中興した中心人物である。彼から直接教えを得た弟子たちはカダム派を形成し、後ゲルク派がこの派を拡大継承した。
今回のテキストである「菩提道灯論」はアティーシャがチベットで弟子たちに、教えの要項を短くまとめて伝えるために著したものである。悟りへの階梯を下士・中士・上士への教えという形でまとめながら、主に菩薩の実践、禅定と智慧について説かれている。最後に短く「顕教を修めたのちには、ラマを見つけ、灌頂を受け密教に進め」と述べられている。悟りへの階梯を徐々に説くというこの「ラムリム(道次第)」というスタイルはジェ・ツォンカパはじめ多くの学僧により引き継がれ、後世多くの「ラムリム教典群」が成立した。
今回のティーチングには世界60各国の人が参加したという。台湾グループは800人だが、その他の台湾人、本土の中国人、華僑を合わせ中国人が1812人参加。登録した人の数は約5500人という。
ティーチングの前に中国語とチベット語で般若心経が唱えられた。
法王はまず、いつものように他の宗教と比べながら仏教の特徴を説明された。はじめに「私はいつも仏教を説く前に、まず一般的な説明をしている。地球上には70億人いるが、人としてのありようはみんな一緒だ。特に幸せを求め、苦しみを避けようとする点が一緒だ。また、他の動物とは異なり、思考する力を持っている。70億人の人間の生まれ方も死に方もみんな一緒だ。ごく稀なケースを除き、ラマとか指導者が特別の生まれ方や死に方をするということもない。このように人はみんな一緒だ。煩悩を持ち、執着心と怒りの心を持つということも一緒だ」
「愛情を持つという点も一緒だ。人間だけでなく動物も苦しみを避け、幸せを求めるというのは一緒だ。動物と人間に共通の苦楽(快不快)は五感に依るものだ。人間に特徴的なものは思いに依る苦楽だ。人間は考えるが故に心に期待や不安等様々な思いが去来する。こうして心に幸不幸の感覚が強く現れる」
「五感に依って現れる楽は動物と一緒だし、人間にもこれが必要だ。五つの快楽と呼ばれるものがそれだ。動物ならこの種の快楽だけで必要十分だ。我々人間は思いに従い期待や恐れを沢山抱えるので、五感の上では快や楽を味わっていても、心に不安や苦しみがある時には、本当の幸せを感じることができない。つまり、心の苦楽の方が感覚的快不快より力が強いということだ」と説かれた。
簡単な話ではあるが、我々は普段、ほぼ90%、他の動物と同じく感覚的快楽を求めて右往左往している。世界中、物質的発展のみを求めているのもしかり。物より心が大事と知り、本当の心の幸せの原因を知り、自覚的にそれを求めるということは稀である、という現実を自覚し、本当の幸せを求めよ、とおっしゃっているわけである。
法王の下でマイクを前にジャケットを着て通訳しているのはジャミヤンという台湾人。10代からダラムサラのツェンニータツァン(論理学大学)で学び、優秀なことで有名だった。彼は法王が30分話をした後でもノートを全く取らずに完全に通訳できるという、びっくりの人だった。何年か前ルンタに来た時、僧衣を脱いで、長髪になってたので、笑った。最近見ないなと思っていたが、昨日話しをするに、今はハーバードで勉強してて、ちょうどドクター論文を提出したところだと言ってた。優秀なヤツは抜け目がない。この社会でゲシェを取るのと、アメリカでPHDになるのとどちらを選ぶか?とできるヤツは考えるわけだ。
20人ほどの日本人席。真ん中に頭を丸め僧衣を着てるお方が写っているが、彼は先週、法王の下で正式な僧侶になられたばかり。名前は深山悟士さん。最初からお坊さんになれと言うような立派な名前である。京大物理学科出身、まじめである。これから南インドのセラ僧院に行き、ゲシェ位を狙うそうだ。ちょっと時間は掛かるが、期待できると思う。日本人としてチベットの僧侶になっているのは、彼の他にはサキャ派の僧侶として10年ほどまえからちゃんと勉強されている奥田さんと今年春僧侶となりガンデン僧院で勉強されている元歯医者さんの小林晋さんがいる。尼僧の方は岡崎さん1人が頑張っておられる。世界中で外人チベット僧侶がどんどん増えている中で日本人は私の知る限りこの4人だけ(一旦僧侶となり止めた人もいる)であるが、数より質が大事。将来が期待できる人ばかりである。
パンを配る。左手に立っている僧侶は実は2011年3月にンガバで焼身したキルティ僧院僧侶プンツォの弟さんである。
最近亡命された。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)