チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年9月20日

ラサで僧侶が警官に撃たれ死亡/バタンで土地強制収用 25人負傷

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tibet-sonam-dorje-305死亡した僧ソナム・ドルジェ

ラサで僧侶が警官に撃たれ死亡

9月6日、ラサの派出所の近くで1人の僧侶が警官に撃たれ死亡した。しかし、警察はこれは単なる事故であったと言う。

ガンデン僧院の僧侶ソナム・ドルジェ(བསོད་ནམས་རྡོ་རྗེ་40)はこの日ラサに治療を受けるために向かった。ラサのパルコルの東、テン・コンチュ地区の派出所の近くに来た時、彼は突然後ろから警官に銃で撃たれた。直ぐに病院に運ばれたが、銃弾は心臓近くを貫通しており、蘇生することはできなかった。

警察側はその後、この僧侶を警官が撃ったことを認めたが、これは「偶発的出来事」であったと言った。しかし、事件の後直ぐに、警官は目撃者に対し、詳細を外部に漏らした者は逮捕すると脅したという。

ガンデン僧院が遺体の引き渡しを要求したが、警察側はこれに応じず、次の日にメルド・ゴンカルの彼の家族に遺体は引き渡された。警察側は年老いた両親にわずかばかりの賠償金を渡し、「外部には息子は銃で撃たれて死んだのではなく、病気で死んだのだと言え」と命令したそうだ。

結局、未だ真相は不明のままだ。チベット人が1人(事故で?)警官に撃たれても警官は何も咎められることもなく、そのまま終わってしまうのがチベットだ。

参照:19日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/shooting-09192012172346.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/monk-from-gaden-monastry-in-lhasa-shoot-09192012134758.html

バタンで土地強制収用 25人負傷

カム、バタン(巴塘)と言えば、先月終わりに「大勢のチベット人が勇ましい姿でバイクに法王の写真を掲げパレード」したhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51760466.htmlという場所である。そこで、最近強引な土地収用に伴い、部隊が動員され、多くのチベット人が撲打され負傷したという。

亡命チベット議会議員ババ・ケルサンが伝えるところによれば、今月16日、バタン県メト郷ツォジャン村(འབའ་ཐང་རྫོང་མེ་ཏོག་ཤང་མཚོ་བྱང་ལུང་གྲོང་སྡེ་)に中国の軍隊と警官隊約300人が押し掛け、老若男女を問わず、行き交うチベット人全てに襲いかかり25人が負傷した。その内8人は重体となり、遠く離れた中国の大きな病院に運ばれた。その他、大勢が手足を折られる等の重傷を負ったという。

事の始まりは3年前から中国の大商人が地区で発電のためのダムを作る計画を初めた(個人がこのようなダム開発を行う事ができるのか?)。この工事のためチベット人の土地300ムウ(1ムウ=約660平方メートル)を勝ってに使い、補償金を払わなかった。住民は地方政府に何度もこのことを訴えたが、聞き入れられることがなかった。

今年のロサ(チベット正月)の前に、業を煮やした住民たちは工事の中断を迫り、衝突も起った。その後中国人は補償金を支払ってもいいと言い出した。一般にバタン県の土地は1ムウ当たり16万元が相場だが、当該の土地は田舎ということで8万元で手を打とうと村人は持ちかけた。しかし、中国人は2万8千元が限度だと主張し、これで手を打たねば、役所に訴えても何もできなくしてやると脅した。

16日に、村人が集まり、正当な補償金を払わない場合は工事を中断せよと迫った。中国人は県の役人と部隊を呼び、部隊が村人に襲いかかり、70歳を越える老人も女性も重傷を負わされた。現在も村は部隊に包囲され、緊張が高まっているという。

参照:19日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/9271-2012-09-19-14-52-13

同じくバタン県のバタン近郊では最近中国からの移民3万人の住居を立てるためにチベット人の農地が当局により強制的に取り上げられつつあるという。地区の住民はこれに反対し、緊張が高まっているという。

参照:18日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/9238-2012-09-15-14-06-57

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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