チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年8月12日
チベット人としてオリンピック初出場のチュヤン・キ 銅メダル!!!
8月5日付けのブログhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51756636.htmlにおいて、「チベット人選手が初めてオリンピックに 金か!?」と紹介したチュヤン・キが、惜しくも金は逃したが、堂々の銅メダルを獲得してくれたのだ。よく頑張った、おめでとう!である。
APが伝えるところによれば、メダル獲得後のインタビューで彼女は「初めてのチベット人としてオリンピックに参加でき、メダルを獲得できたことを非常に名誉と感じている」と語ったそうだ。http://www.huffingtonpost.com/2012/08/11/olympic-race-walking-yelena-lashmanova-gold_n_1768096.html
彼女も「チベット人」であること強く自覚し、頑張ったというわけだ。
夜中の1時からであったが、日本のTVでも競技の一部始終が放映されたらしい。ツイッターやFBに実況中継を流すチベット好きの人も多かった。日本だけでなく、本土や世界のチベットファンが彼女を応援し、最後に大喜びしたことは間違いない。私のいるダラムサラでは、生憎全てを見る事ができなかったが、それでも、スタートと中程、ゴールのシーンは見ることができた。
以下、ツイッターやFBに流れた写真やビデオクリップを幾つか紹介しながら、周辺事情を少し紹介してみる。
チュヤン・キがゴールしたところ。笑顔がすばらしい。嬉しかったのだ。タイムは1時間25分16秒。この時1位、2位、3位の彼女まで全て世界記録を破っていた。もちろん、彼女のベストタイムであり、アジア新記録であった。
彼女は国内予選では3位であり、このレースでも前半、他の2人の中国人選手が先を走っていた。彼女は前半は12位ぐらいであった。しかし、後半他の中国人2人を含めどんどん遅れる選手が現れる中、彼女は頑張った。どんどん順位を上げて行き、最後は前に2人のロシア人選手を残すのみとなった。彼女は後半3度のイエローカードを受けたので、無理ができなくなっていた。見ている我々も失格にならないかとヒヤヒヤして見守った。しかし、彼女は無理をするでもなく、笑顔を浮かべながらそのまま3位でゴールイン。素晴らしいレースであった。
レースは一周2キロのコースを10周するというもの。その折り返し地点には写真に映っているように大きくて目立つ雪山獅子旗(チベット国旗)がはためいていた。「チベットの国旗を見て彼女は微笑んだ」と伝えるフリチベ系のコメントも見かけた。が、これはひょっとしたら「顔が引きつった」可能性もあるかも?と思ったりだ。中国のオリンピック選手は出場の前に全員共産党員になることを勧められるそうだ。もちろん、これを断ることはむつかしいであろう。彼女もその時共産党員になっている。
このレースが中国でどのように放映されたのか定かでない。独自のテレビ曲が独自のカメラを使って放映していたのなら、必ずチベット国旗は映し出されないように工夫したであろう。一般配信の映像を使ったとしたら、否応無しに映ってしまったかもしれない。いちいちブラックアウトさせる訳にもいかなかったであろう。もちろん、チベット人やサポーターが彼女を応援しようと言う気持ちはよくわかる。この機会を使いチベットをアピールしようと考える人やグループがいるのも自然だ。が、彼女や将来のチベット人選手のことを考えると、微妙な気持ちにさせられたというのが正直なところだ。いつの日にか、チベット人が自分たちの国旗の下で頑張れる時が来る事を心から願う。
公式結果の発表に少し手を加えたらしく、彼女はチベット国旗の下に頑張ったということになっている。
日本のNHKも彼女に注目し名前を上げてくれたようだが、名前は彼女の本名を中国語表記したものを音読みし「せつようじゅうしゃ」と言ってたようだ。これはかなわんと感じた@uralungtaさんがメディアへのお願いとして以下のような文を発表した。
「お願いします:チベット選手の名前について
中国人の名前は「原則は漢字音読みとし、漢民族以外は原音に近い音を当てる」内規でいらっしゃると思います。競歩女子20km銅メダルの選手「切阳什姐」はチベット出身で、名前はཆོས་དབྱངས་སྐྱིད་(Choeyang Kyi)です。チュヤンキ(チュヤン・キ)と呼んでください。
*漢字表記がそもそもཆོས་དབྱངས་སྐྱིད་(Choeyang Kyi)に対する当て字なので、「せつようじゅうしゃ」と音読みしても、本人の名前の元来の文字を尊重することにはなりません。
*チベット語の名前の綴り ཆོས་དབྱངས་སྐྱིད་ は、中国国営放送の地方メディアのチベット語サイト「青海藏语广播电视网站」
http://www.qhtb.cn/news/social/2012-04-09/9336.html
などで確認されています。」
これに反応したのかどうかは分からないが、AFPの日本語版http://www.afpbb.com/article/london2012/london2012-athletics/2894681/9352082ではちゃんと「チュヤン・キ」と表記されていた。
「中国人もチュヤン・キを応援していた」としてこのような写真を載せる人もいた。一方、「中国の取材班が前で振られていたチベット国旗を引きちぎった。これを見たイギリスの警官が彼らに対し『そんな事をしてはならない』と注意してくれた。ありがとう、イギリスの警官さん」というのもあったりした。
中国内地のチベット人たちも多いに喜んだようで、ウェイボ上には次々と彼女のメダルを喜ぶチベット語の投稿が現れた。中には調子に乗って「プギェロー!(チベットに勝利を)」と書き込む者まで現れた。
中には「チベット内で焼身が続いている最中に中国の国旗の下でオリンピックに出場するとはけしからん」という人もいたというが、一般的にはほとんどのチベット人が彼女の頑張りとメダル獲得をチベット人の勝利として喜んだと思われる。
とにかく、彼女のチベット的笑顔は印象的で素晴らしかった。これからもどんどんこのようなチベット人選手が現れることを期待する。
追加:さっそくこんなビデオまで作ちゃったチベット人もいた。
チベット国旗についてどう反応したかは分からないが、あるメディアがレース後にインタビューしたところによれば、彼女は「チベット人が応援してくれている声が聞こえて、本当に嬉しく思った」そうだ。もちろんチベット人たちは「チュヤン・キ頑張れ!」とちゃんと本名で呼んでくれたと。
追記(13日):12日付けサンスポに共同通信配信で受賞後のチュヤン・キのインタビュー等が載っていた。
「チベット族として光栄」中国選手、初出場で銅
チベット族の中国代表選手として五輪初出場の切陽什姐(21)が11日、ロンドン五輪陸上女子20キロ競歩で銅メダルを獲得した。「思いもしなかったこと。初の五輪でメダルまで取れ、チベット族として光栄です」と笑顔で語った。
自己ベストを2分近く縮めるアジア新記録も達成。1、2位を独占したロシア選手に最後まで食らい付き、新たな歴史を刻んだ。
事前の注目度は低かった。少数民族のチベット族への関心は中国でもともと低く、政治的に微妙なチベット族の話題を避けたい政府の思惑もあったとみられる。
中国のチベット族居住区は開発の遅れが指摘され、都市部に比べ人々の生活水準も低い。「チベット族の人々にもっとスポーツに親しんでほしい」と期待を込め、最後は中国語ではなくチベット語で「カシデレ(ありがとう)」と両手を合わせた。(共同)
最後の挨拶は「タシデレ」の間違いでしょ。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)