チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年6月3日
学生対象の法王ティーチング
TCVのアチャラモ隊に迎えられ、ダラムサラTCVホールに到着した、ダライ・ラマ法王を乗せたお車。
今月1日から今日まで3日間、ダラムサラTCVホールでは「学生のための法王ティーチング」が行われた。毎年行われるようになったこのティーチングは今年で7回目。世界7カ国、82の大学から集まった大学生約1000人、その他ソガスクールやTCV等の高校生を合わせ約3000人が正式参加した。その他ダラムサラの街の人々数千人もホールの外で法王の法話に耳傾けていた。
3日目の今日は日曜日であり、首相のロプサン・センゲ氏も参加していた。写真はお車が到着したところで、挨拶を交わすお2人。その他、今日は政府高官も大勢参加していた。
壇上に登られ、左右に掲げられた、ナーガルジュナを初めとするインドの仏教哲学者たちに敬礼し、仏法への敬意を示すために自ら座る玉座に向かって3回五体投地される。
講義の前座として毎年行われる、俗人による御前問答。1日目は街の普通の俗人グループ。2日目は外人グループ。3日目はTCVの高校生グループであった。
写真は2日目の外人グループだが、この中には日本人が2人いる。手前2人目の坊主頭が最近仏教を勉強し始めたみやまさとしさん。一番向こう側の女性はすでにツェンニー・タツァンに10年以上通う仏教問答ベテランの山口なおこさん。タクセル(問答)の後、法王「外人はまず言葉を習得せねばならないし、大変だ。しかし良い問答だった」とこのグループを珍しく褒められた。
3日目の学生は英語も使いながら、科学理論に関する問答を行った。これを法王、大いに喜ばれる。
まず、学生たちに向かい「その民族が発展するかどうかは、その民族の教育程度に依るということは明らかだ。その意味で亡命してすぐに我々も教育に力を入れた。100%期待通りの結果を得る事は難しいが、それでもそれなりの結果は出せたと思っている。君たちは新しい世代だ。民族や国家の発展はそれぞれの個人の力による。間違いのない動機と目的を持って、知識を増やすことに努力してほしい」とおっしゃる。
いつものように、初めに仏教とその他の宗教の哲学的見解の差を説明され、如何にチベットに仏教が導入されたかを説明される。その後、中国がチベットを侵略したのち、中国が如何に仏教とチベット民族を蔑視していたかに付いて語られた。「中国の役人は『チベット人は仏教を盲目的に信仰するだけで、まったくのバカだ。他には何も知らない。科学が発展するに従い、宗教は自然に消え去るであろう』と言ってた。しかし、仏教は無くなるどころか、最近では多くの科学者が逆に仏教に興味を持ち始め、研究し始めている」とおっしゃる。
また、「私は常にそれぞれの社会に昔からある宗教を信仰する方がよく、仏教に改宗することを勧めたことは一度もない」と言われ、「嘗て、あるフランス人が『フランスに大きなチベット寺院を寄贈したい』と言って来た。私はキリスト教の国であるフランスに仏教寺院を建てるのはどうかと思う。チベット人が多く住むところに大きな教会が建てられたらチベット人は良くは思わないだろう。これと同じことだ。『仏教の寺院を建てるなら仏教圏に建てるほうが良かろう』とアドバイスした。後にその人はタイに寺院を建てたと聞いた」と仏教寺院を仏教圏以外に建てることも好ましくないとおっしゃった。
また、宗教抜きの道徳感の大事さを強調され、「シリアを初め世界は今も争いに満ちている。人への愛情がないとき、人を殺す事も平気となる。愛や道徳が必要だが、世界に共通する宗教はないから、これを宗教の名のもとに説く事は、適切でない。宗教抜きのセキュラー・エティックス(世俗の道徳感)を促進するしかないのだ」とおっしゃる。
1日目の後半には今回のテキストの1つであるナーガルジュナ(龍樹)作(とされる) ༼སྐྱེ་བོ་གསོ་ཐིགས་༽(有情を養う水滴[仮訳])に入られ、仏教の方便の面である「慈悲」を中心に説かれる。正直に生きる事が、自信に繋がり、不安の心から離れた、平安な人生を送るのに如何に重要か、等を説かれる。
2日目にはもう1つのテキストであるジェ・ツォンカパの༼རྟེན་འབྲེལ་བསྟོད་པ་༽(縁起讃)に入られる。
ジェ・ツォンカパが「縁起を説かれたが故に仏陀を賞賛する」というお経であり、中観帰謬論証派不共の説である「縁起即空・空即縁起」を説く。
すべての現象は「それぞれ他のものに依って生じる(縁起生)が故に、独立して存在するものではなく、自性を持たず、実体をもたず、空である」。また「空であり、実体を持たないが故に(他に依ることが可能となり)すべての現象は現象として現れることができる」という理論。
これが、「有る」という実体論と、「無い」という虚無論を離れた真の「中道」。
ま、法王はこれを解り易く説かれ、「苦しみを除く最良の道はこれを理解すること、現代の仏教徒はまず、この空の理論を理解した上で、解放の可能性を知って、仏教に帰依すべきだ」ともおっしゃった。
3日目にはさくさくと縁起讃を最後まで終えられ、続いて「文殊菩薩の灌頂」を学生たちに授けられた。文殊菩薩は空の智慧を司り、洞察力を増し、つまりこの菩薩を日々念じれば、頭が良くなると言われるているからだ。法王も御自身の体験として、確かに効果があると言われ、この菩薩のマントラを唱え帰依することを勧められた。ちなみに文殊菩薩のマントラは「オムアラパツァナ、ディ・ディ・ディ・ディ・ディ、、、、、、、」である。この種子である「ディ・ディ・ディ・ディ・ディ、、、、」を毎早朝できるだけ早く、クリアーに連続して言い続けると頭がよくなり、口が良く回るようになる、、、と言われている。
次に、最近「僧侶も現代科学を勉強すべし」と法王がおっしゃったことに従い、僧院のゲシェを中心にアメリカのエミリー大学から講師を呼び科学を勉強するクラスが開かれていた。その卒業生たちが法王から卒業証書を渡されるという儀式があった。
この前にこれを主催したチベット図書館の館長であるゲシェ・ラクドルがスピーチの中で「僧侶たちが科学を学ぶことは有益だが、仏教の教え自体を否定してはならない」という件を話した時、法王はすかさず「それはどうかな?それも自由であるべきじゃわい!」と笑いながらコメントを入れられた。
最後に、この科学と仏教の対話に関し、法王は立ったまま「科学や物質的発展のみでは人は幸福にならない。必ず道徳も一緒に説かれるべきだ。この面で、チベットの文化は少しは世界に貢献できると確信する。ナイフのような鋭い知性も使い方を間違えば、自他を傷つける」とコメントされた。
また、「私は16歳の時政治を任され自由を失った。25歳の時祖国を失った。この50年悲しいニュースを聞いて来た。もう77歳になろうとしている。私の時代は終わろうとしている。少なくともよきベースは作ったと自負する。これからは君たち若いものたちがこのベースの上に立ち、成長してほしい。私は時代とともに去る準備ができている。人生や社会に対し、真摯となり。飲んだくれたり、出歩いたりして時間を無駄にせず、まじめに人生を歩いてほしい」と若者たちに訓示された。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)