チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年5月28日

<速報>ラサで2人が焼身抗議 1人死亡 1人重体

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jpg-large「焼身の煙が立ち上る、ジョカン寺前」の写真と言われるもの(@MyYakより)。炎が消された後と思われる。

昨日の夕方あたりから、「ラサで焼身」というニュースが伝えられ始めた。しかし、様々な情報が錯綜し「焼身が行われた事は確かだが、人数や場所は確認できない」という状態が続いていた。事件の後、当局が直ちにラサ中心部の情報網を切断したことにより、正確な情報を得ることが難しくなっていた。

そんな中、深夜RFAが確定情報と思われるニュースを発表した。以下、それを基に報告する。
27日付RFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/burn-05272012123432.html
チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/two-self-immolated-in-lhasa-barkor-05272012132807.html

27日の(チベット語版によると)午後3時頃、ラサのジョカン寺の前で2人の若い僧侶(チベット語版には「2人の若者』と書かれている)が焼身抗議を行った。チベット自治区の首都ラサで焼身抗議が行われたのはこれが初めて。2人の身元はまだ確認されていない。

現場には直ちに武装警官隊や軍隊が車両と供に駆けつけ、大きな炎に包まれた2人を囲み、火を消し、連れ去った。現場は封鎖され、近くにいた人々の携帯やカメラはチェックされた。現場は直ちに掃除され、15分後には何事も起らなかったようになっていたという。また、ジョカンを囲むパルコル沿いにある商店は店を閉めることを禁止された。

「炎は巨大だったという。見たものは2人が死んだと思っている」と目撃者と話した亡命側のチベット人は話す。

未確認情報として、「彼ら2人は他の数人の若者と供に抗議デモを行っていた」とか、「焼身の後に何人かが抗議の声を上げ、逮捕された者もいる」というものもある。

事件の後、ジョカン寺とポタラ宮殿付近には厳戒態勢が敷かれ、すべての人々がチェックされたという。

追記:新華社が焼身の事実を認め、「1人死亡、1人重体」と報道。
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内地の焼身抗議者の数はこれで37人となった。チベット自治区内では2人目。自治区首都のラサで行われたのは初めてであり、反響は大きいと思われる。折しも、チベットでは一年の内もっとも神聖な月である「サカダワ」が始まり、昨日はその6日目であった。ジョカン寺はチベット人すべての宗教的中心寺院であり、多くの巡礼者がこの時期ここを最終巡礼地として訪問する。

自治区政府は数日前に「サカダワの期間中、すべての共産党員、政府職員、学生に対し如何なる宗教活動も禁止する。これに違反したものは厳しく罰せられるであろう」という布告を発表していたhttp://www.tchrd.org/index.php?option=com_content&view=article&id=227:official-chinese-notification-bans-tibetan-participation-in-religious-activities&catid=70:2012-news&Itemid=162。また、この期間中は特に、保安部隊や役人に対し「如何なる重大な分裂活動も、些細な分裂活動も許してはならない」と訓示していた。そんな矢先にこの焼身が起った。当局のショックは大きかったと思われる。

さらにもっと詳しい情報が入り次第、続報としてお知らせする。

追記:参照、RFAの記事を基にする記事だが、日本語も出た<毎日>http://mainichi.jp/select/news/20120528k0000e030181000c.html

追記2:VOAは未確認情報としながらも2人の身元を記す。1人はアムド、ボラ出身のドルジェ・ツェテン(19歳)、もう1人はアムド、ンガバ出身の若者と。2人は最近ラサに来て「ニマ・リン」というレストランで働いていたという。http://www.voanews.com/tibetan-english/news/Two-Tibetans–carry-out-self-immolation-protests-in-front-of-Tibets-holiest-temple-in-Lhasa-Tibet-capital-154865075.html

焼身した2人は僧侶なのかどうか、現時点では確認されない。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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