チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年5月11日

ウーセルブログ:「あら探し」、「些細な事柄」、「権威の確立」

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_チベット亡命政府の公式サイトTibet Net

4月1日付けウーセルさんのブログをいつものように雲南太郎(yuntaitai)が訳して下さった。

亡命政府首相のセンゲ氏は去年の秋、ヨーロッパツアーを行ったとき、各地で焼身抗議について語るとき「今年だけで**人が焼身した」と述べ、2011年3月16日の僧プンツォの焼身からの人数を伝えていた。これに対しウーセルさんはすぐに「2009年の僧タペーを忘れては困る。本土の焼身の話は彼から始めるべきだ」とツイッター等で何度も主張されていた。これを「首相批判」と言えるのかどうか、私には分からないが、今回のエントリーではウーセルさんはこの「些細な事柄」から話を始め、世の指導者のあるべき姿に付いて論じられている。

本土では焼身抗議が連続したことで緊張が高まっている。焼身抗議の主な目的が「外国にチベットの危機的状況を知らしめ、外国から中国に圧力をかけてもらい状況を変えること」であることは明白である。亡命政府首相への期待が高まるのは当然と言える。ダラムサラにいる私は、彼ができるだけの努力を行っていると感じる。しかし、結果を出すことがどれだけ難しいことかということも理解できる。それでもウーセルさんはセンゲ氏に対し「本土のチベット人を導き、方策を与え、有効な指導力を発揮すること」を求めている。センゲ氏も日々この難題について悩み続けていることであろう。

原文:http://woeser.middle-way.net/2012/04/blog-post.html

◎「あら探し」、「些細な事柄」、「権威の確立」

焼身抗議者数は2009年のタベーまでさかのぼるべきだという提案だけであっても、実を言えば、国外のチベット指導者に異なる意見を述べる時には今までにないためらいと複雑な気持ちを抱く。国外からは「困難な時期には団結しなければいけないのだから、あら探しをするな」「些細な事柄で大局に影響を与えてはいけない」「今は指導者の権威を確立させるべきで、批判はするな」などと勢い良くもっともらしい意見が聞こえてくる。専制社会に暮らす私にとって、こうした発言は実に分かりやすい。専制者は常に似たような理由で「意志を統一し、行動を統一し、規律を統一する」ことを社会全体に求めている。

だが、指導者への批判は民主社会の基本的な状態であるべきだ。動機や理由がどうであれ、こうした批判を封じれば民主と相反する効果しか生まない。成熟した民主社会では、当選したばかりの指導者は決して「偉大な領袖」とはみなされず、監督しなければならない対象になる。「最高指導者は信用できない」とは民主の理念の出発点であり、政府と指導者が従順でいることは民主政治の基本的な任務だ。これを実現するのは自由な批判だ。だから民主社会には、指導者に対する大小の「あら探し」が必ずあふれている。

そう、私たちは困難な時期にいる。しかし、困難は批判を排除する理由にはならないし、逆に指導者の誤りを批判によって防ぐ必要がある。もし批判が本当に団結を崩すのなら、責任は間違いなく指導者にある。なぜなら、指導者が批判を受け入れさえすれば更なる団結がもたらされるのだから。アリストテレスは「道徳は一体である」と語った。人は「重大な事柄」によって道徳を守ることはできず、ただ必要に応じ「些細な事柄」で道徳を捨て去る。実際、小さな道徳を捨て去るのは全体の堕落の始まりを意味する。同じ道理で「大局」と「小事」も一体のものであり、「小事」が映し出す問題は必ず「大局」の中にある。「小事」への批判は「大局」に影響しないだけではなく、「大局」への助けになる。

もちろん民主社会は偉大な領袖を生み出せるが、それは引退後の棺桶の蓋が決めるのであり、当選時に戴いた月桂冠が決めるのではない。当選は偉大さの証にはなれないし、チェックの始まりに過ぎない。歴史を振り返り、世界を見渡せば、最終的に有権者の信任を裏切った当選者はいくらでもいる。前人の失敗を受け止め、当選者は批判を良薬とするべきだ。そうしてこそ失敗者リストに載らないで済み、批判に感謝できる。

尊者ダライ・ラマの権威は生まれながら持っている至高のもので、チベット民族は無条件に認める。尊者ダライ・ラマがこうした権威を政治から取り除いたのは、ほかの人物に権威を取って代わらせるためではない。そんなことは不要で、民衆にも受け入れられない。尊者ダライ・ラマが求めているのは根本的な変化だ。つまり台湾民主化のスローガンにある「人民が最大」であり、政治の指導者は民衆のために働く公僕に過ぎず、民衆を政治の権威にするということだ。

社会の民主化を調べる指標の一つは民衆に対する指導者の態度だ。もし指導者が傲慢であれば、自分が一番だとうぬぼれ、異なる意見を自由に退ける。その指導者は民主がどんなものかを全く理解していないし、その社会も民衆の権威を体現できていない。

疑う余地のない尊者ダライ・ラマの合法性とは違い、国外の政治指導者が本土の600万チベット人を代表する合法性をどう確立するかは常に重要な課題であり続けるだろう。同時に、国外の政治指導者は亡命側の生命線でもあるため、この課題は必ず解決しなければならない。これについて言えば、国外の数万票に頼るだけでは不十分だ。本土の600万チベット人が投票で態度を示せるようになるまでは、こうした代表性は少なくとも国外の指導者と本土のチベット人の密接な交流で示されるべきだ。交流は称賛だけではなく批判も含む。この過程で国外の指導者には謙虚さと善意、積極的な回答が最低限求められる。

より高度な合法性は本土のチベット人を導き、方策を与え、有効な指導力を発揮することで示されるべきだ。これがとても難しいとは誰もが知っているが、こうした難局を突破してこそ偉大な政治の領袖になれる。

私は期待している。

2012年3月5日(RFAより)

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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