チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年1月28日
ウゲンの遺体はすぐにザムタン・チョナン僧院に運ばれ、良き来世のためにポアが行われた
写真は全てウーセルさんが紹介した2009年2月24日付けのザムタン県バルマ郷とザムタン・チョナン僧院を調査した中国のサイトより。http://p.tl/m3VI
アムド、ンガバ(四川省ンガバチベット族チャン族自治州)、ザムタン県バルマ郷で26日、当局の発砲により殺害されたウゲン(20)の遺体は近くにあるザムタン・チョナン僧院に運び込まれ1000人の僧侶が追悼会を行った。
28日付けTibet Times http://p.tl/TY6V より。
以下、在ダラムサラのツァンヤン・ギャンツォがTibetTimesに伝えた情報。
ウゲンは頭部を撃たれ、その場で即死したという。すぐに回りのチベット人たちにより遺体は近くのザムタン・チョナン僧院に運び込まれ、そこで1000人の僧侶列席の下でポア(死者の意識を良き転生に導くための儀式)と追悼会が行われた。その後、遺体は家族の下に送られた。
故ウゲンはティントゥウメンヤンという学校に通う学生であった。チラシをばら撒いたタルパと彼は学校で友人同士であったという。
その他、これまでに判明した、当局の発砲による負傷者と逮捕者の名前が上げられている。チョナン僧院僧侶クンペル(52)は頭部を撃たれた。ザムタン・トゥマのナムギェル(20)も被弾しこの2人はすぐに病院に運び込まれた。1人の尼僧が足を骨折し、その他多くが負傷したというが、夜となり人も多く混乱して詳細は不明という。
その日の夜、チョナン・チュガル・ゴンマ僧院の高僧ラマ・ロペル(50)、チラシを書いたタルパの親戚であるチョナン・ツァンバ学堂の僧ニェンロ(26)、僧サンキョ(21)、チョナン僧院のツェリン・ペル、ワンキョ、その他1人が逮捕され、ザムタン・バルマの住民6人も逮捕されたというが彼らの氏名はまだ分っていない。
チョナン派の僧院と言えば、先の18日にはゴロ、ペマ県のペマでアキョン・チョナン僧院の僧侶20人程がチベット国旗と法王の写真を掲げ抗議デモを行ったという報告http://p.tl/UWwbがある。ゲルク派以外の僧院僧侶が中国に対し抗議デモを行うということは稀な事である。確かではないが、初めての事かも知れない。11世紀に立宗したチョナン派はンガバ、ザムタン、ゴロを中心に60以上の僧院、一万人の僧侶を抱える。
古い歴史を持つ宗派ではあるが、去年ダラムサラで行われた宗教会議で初めて正式にチベットの宗派の一つとして認められたという。カーラチャクラ・タントラの行を重んじる派としても有名で今回ブッダガヤで行われたカーラチャクラ法要の際にも本土から大勢の僧侶が集まり大塔の前で特別法要を行っていた。
焼身抗議を初めとする、地域の抗議活動の高まりを受け、ゲルク派だけでなくチョナン派の僧侶たちも立ち上がり始めたと思われる。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)