チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2011年8月10日
法王から篤い信頼を示され、自由チベットへの闘いを約束した新首相ロブサン・センゲ氏
ダライ・ラマ法王から熱い祝福の抱擁を受ける新首相ロブサン・センゲ氏。法王はこの日、特に終始お喜びの様子で、言葉だけでなく新首相への信頼のジェスチャーを見るものに分り易く示された。
昨日ダラムサラのツクラカン前で行われたチベット亡命政府新首相就任式、報告が遅れてすみません!式典の後も、続いて記者会見があり、夕方からは外国議員等の特別ゲストを招いた夕食会がドラマスクール(TIPA)で行われたり、今日の朝は日本の牧野聖修衆議院議員等10数名に及ぶ特別ゲストの歓迎スピーチ、その後12グループによるチベット歌舞カルチャーショーが行われたり、とプログラム満載だった。
昨日の式典も今日の歓迎パーティーも、その間中、雨が激しく降っていた。暗過ぎて写真の出来は良くないと最初に口実とともに断っておく。
ツクラカン前には雨の中3、4千人の人々が集まり新首相へのエールを贈り続けた。
8月8日は8世紀にインドから密教を伝えたとされるパドマサンバヴァの誕生日とされる日で縁起がいい日として選ばれた。とスピーチの中にあった。が、今日サンゲ氏がさらに説明したところでは、法王が9日にヨーロッパツアーに出かけられるというので、その前に間に合わせただけだなんて話も。ついでに、就任宣言は9時9分9秒というやけに意味ありげな瞬間に始められたが、これについても、最初9・9・9というのは、「中国で長寿とか幸運が長続きするとかいう縁起の良い数字ということなので、中国への友好を示すためにそうしたのだ」という話であったが、今日は一転「私は縁起を担ぐ方ではない。ちょっとした冗談だ」というコメントがでたり。
現チベットの3賢人。
選挙で圧倒的支持を得て当選し、10年間亡命政府の首相を務めたサムドン・リンポチェはスピーチで「今日は完全な民主主義への大きなステップが踏み出された日、チベットの歴史上新たなチャプターが開かれた日である」と語り、さらに「この30年間に渡る、チベット社会を民主主義に導こうというダライ・ラマ法王のビジョンと努力により、法王に依る事のない完全な民主主義がついに達成された。今日と言う日は我々すべてにとって素晴らしい日である」とその喜びを示した。
そして、「私は今ここに260年間伝えられてきた印爾を彼に手渡す。これはガンデン・ポタン政府の下にあるカシャック(大臣室)の正当性を象徴し、7世ダライ・ラマが1751年にカシャックに与えられたものである」という言葉と共に、チベット中央政府の印爾を新首相センゲ氏に手渡した。
法王はスピーチの始めに「私は16歳の時チベットの政治的権限を名代職であったタダッ・リンポチェから引き継いだ。民主主義が栄える21世紀である今日、チベットの政治的権限を政治リーダー(シキョン)ロブサン・センゲ氏に明渡す」と宣言された。
60年間に渡る政治的指導者としての過去を顧みて法王は「様々な困難の中で、チベット問題を喚起し続けて来たことは私の小さな貢献と言って良いかもしれない」と語られた。
心にその一生を世界の民主主義化促進に捧げることを誓ってきたという法王は「世界は70億人の民衆に属するものであり、王様や宗教的指導者に属するものではない。同様にチベットはチベットの民衆に属し、数人の王様やラマに属するものではない」と評された。
「自分は今まで民主主義を標榜しながら、少し後ろめたい気持ちでいたが、こうして政治的権限を民主的選挙で選ばれた首相に移譲することで、晴れ晴れとした気持ちになる事ができた」
「これからは私に頼る事なく、一人一人が政治意識を高め、社会の利害を第一として、チベットの将来に責任を持ってほしい」と結ばれた。
サムドン・リンポチェと法王のスピーチを受けセンゲ氏は「私が今ここにいるのは個人的達成の結果ではなく、チベットと亡命社会の先の世代の人々による努力と犠牲の結果である。私はチベットに自由が取り戻され、ダライ・ラマ法王が祖国に帰還できるまで我々の活動を維持し強化することを誓う」と宣言し、会場から大きな拍手が起こった。
法王は新首相に政治的権限を移譲しただけでなく、全てのチベット人に与えられたのだ、と強調し、若い世代のチベット人たちが「立ち上がり、自由に向かって行進すること」を促した。
「チベットの正義が実現されるかそうでないのかは、自分たちの世代に掛かっているのだということを忘れてはならない」と正義への闘いを鼓舞した。
「チベットに『社会主義』は存在せず、あるのは『植民地主義』だ」と中国政府を批判する一方で「中国の友人」に対しては「非暴力と中道政策」を約束し、「中国政府といつでも対話する用意がある」と述べた。
最後にチベット内地の人々に向かって「チベットの兄弟姉妹よ、私は今日、自信を持って『久しからず我々は再び合う事ができる』とあなたたちに言う」と語りかけた。
スピーチの最後に「プギェロー!(チベットに勝利を)」と叫び、同時にVサインを掲げたセンゲ氏。
会場に詰めかけた人々もこれに答え「プギェロー!!!」と雄叫びを上げた。
日本からのゲストはこの人、牧野聖修衆議院議員。
牧野議員は式典を前に法王に謁見。
この日夕方から行われた夕食会では、センゲ氏の隣に座り30分以上話を交わされた。
今日行われたオープンレセプションでもスピーチをされている。
法王からは「日本の力は大きいので引き続き支援をお願いする」と言われたそうだ。
センゲ氏に対しては「就任後最初の外国訪問は是非日本から」と要請された。
センゲ氏からも「できるだけそうしよう」との返事を受け取ったとのこと。
式典に引き続き行われた記者会見で笑みをもって余裕で全ての質問に丁寧・的確に答えるセンゲ氏。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)