チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2011年5月1日
ダラムサラの紅茶園
今日は日曜日だからという訳でもないがチベットと全く関係ない、インドのお茶の話を一つ。
昨日、日本からルンタで披露宴をやったという古い友人(たけちゃん)がやって来た。彼自身は大阪で老舗の胡麻屋さんの若旦那だが、彼の友人で紅茶を取り扱っている、日本ではその筋で有名な人に依頼されたとかで、ダラムサラにあるお茶畑とその工場を今日訪問しに行った。
ダラムサラにお茶畑がある事は知っていたし、その中の気持ちのいい道を走ったことも何度かある。しかし、工場を見学したのは今日が始めてだった。
インドではもちろんダージリンティーが有名だが、このヒマチャル州にも何カ所かにティーガーデンがある。お茶の育つところは人が住むにも最適の場所とよく言われるが、まさにダラムサラはお茶にも人にもいい所というわけだ。
1882年創業のDharamsala Tea Company。看板の歪み具合とその上のトタンの張り方がインド的だが、工場の中は以外と清潔。
友人の胡麻屋さんも創業1882年とのこと。この同じ創業年を聞いて突然友人が何かの縁を感じたのか、顔を乗り出し話始めた。
話は、その日本の紅茶屋さんがサンプルとしてここの紅茶を少々、インドの問屋を通して購入したが、これを甚く気に入っので、友人に現地を訪問し、調査することを依頼したというわけだ。
工場も人も品質管理もOKなら直接多量に購入したいということ。
この濃い人がマネージャー。現物を何種類か見せられ、香りをかがされ、試飲会がはじまった。日本にいた頃には紅茶に凝っていろんな紅茶をブラックで飲んでいた時期もあったが、インドに来てからはもっぱら安い紅茶で煮だしミルクティーを飲む毎日。高級紅茶の味わい方を忘れてる私には、きき酒ならぬ、きき茶会でコメントを求められても、難しい部分もあった。
それでも、友人は知ったかぶりしていろいろ、甘いじゃ、渋いじゃ、香りが、、、重いじゃ、軽いじゃ、ゴージャス、エレガント、、、といい加減なことをしゃべってた。
面白いのはウーロン茶も作ってた事。ここだけじゃというサフランティーを飲まされた。後ホワイトティーというのもあった。
ここの特徴は発酵を押さえ、葉にまだグリーンが残っていること。味もちょっと日本茶風味が感じられる。
インドで中国から原木を持って来て栽培しているのはこことダージリンだけと。もちろん、最初は植民地時代にイギリス人が始めた仕事。ダラムサラは植民地時代から避暑地として有名だったので、紅茶栽培もそのときから始められていたということだ。
工場の中。(今日の写真は全て友人が撮ったもの)。友人は工場内で働く人がみんな頭に帽子を被っていることに感激。日本のお茶工場より進んでると絶賛。
ほとんどはカルカッタ(コルカタ)にあるオークション会場に運ばれ、そこからインド国内や海外に送られると。おもな輸出先はイギリス、ドイツ、フランスだそうだ。
工場内にはお茶の香りが満ち、嗅いでるだけで気持ちよくなる。
乾燥釜を炊くボイラーの燃料はガスでなく大きな薪。香り付けに一役かってるかも。
裏にはオーナーの家だという、古いコロニアル様式の大きな家があった。廻りにはお花が一杯。
庭の先には絶景が広がっていた。
今日はいまいち天気が良くなく雪山は下の方しか見えなかったが、右手に下ダラムサラ、その上に法王のいらっしゃる丘、その向こうにマクロードガンジ、雪山と続き、左手下には早くも色づいている麦畑(米かも知れない。この辺二期作)が広がっていた。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)