チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2011年3月24日
亡命・チベット伝統医学院50周年記念日
ダライ・ラマ法王は昨日、メンツィカン(チベット伝統医学院)の創立50周年記念式典に参加された。
ダラムサラを本部とし、インドとネパールに55の支部を有するメンツィカンは、法王亡命の後を追い亡命したチベット医学の医師たちにより、1961年3月23日、亡命の地に再建された。
左の写真は法王が昨日の記念展示会をご覧になった時、その記帳簿に直筆で書かれたコメントである。
その要旨は以下:
「チベットの伝統医学は過去の知識というだけでなく、現代においても広く人々を利することができるものである。チベットの伝統的科学文化の偉大さを証明しており、将来的にも大きな期待がもてる。 タレーラマ 11年3月23日」
記念展示会の会場を廻られる法王(写真:Tenzin Choejor /OHHDL)
法王は記念式典で40分ほどスピーチをされた。
もちろん、記帳簿上でもコメントされているように、チベットの伝統医学を称賛されてはいたが、一方で
「業績の上にあぐらをかいているような態度は、更なる発展にとって障害となる」と言われ、さらに「チベット医学の医者や専門家は他の医学システムの医者や研究者と知識の交換をすべきである」とアドバイスされ、「調査研究計画に基づき更なる発展を目視すべきだ」とも述べられた。
メンツィカンはまだ一度も組織的な臨床実験を行っていない。最後の「調査研究計画」とは、このことに関する法王の進言と思われる。
歴法、占星術の基になるカーラチャクラ(時輪)・タントラに基ずく12星座運行図。空(間)内に存在する、外の輪っかは外輪から順に風輪、火輪、水輪、地輪。中央には4大陸と須弥山。
メンツィカンは医療がメインではあるが、ツィ(計算)と呼ばれる主に占星術に基ずく占いも行う。
もっとも、メンツィカンの占星術師の本来の仕事は占いではなく、主に月齢に沿った年間のカレンダーを作る暦法学である。ただ、チベット人も外人も占いが好きなので、要望に従い最近特に占星術に基づいた様々な占いの類いも行うようになってきた。この方の収入は相当な額に昇るらしい。
チベット医学を修められた小川アムチは「ツェラブレツィ(今生のカルマの算術)は運命の予言書というよりは『いかによりよく生きるか』という指南書に近い」とコメントされている。
同時に小川アムチの話によれば、法王は度々このチベットの占星術に関しはっきりと「私は個人的には占いの類いをまったく信じていない。占星術は、チベット人を迷信深くする大きな原因の一つになっている。占いに頼るというのは如何なものか?」と話されているとのこと。
てな話は別にして、とにかくこの種のコスミック・タンカは魅力的ではある。
薬師如来曼荼羅。
薬師如来は全ての有情の心と身体の病を癒すノウハウをすべて知り尽くし、それを神通力を使い他の神々、如来、菩薩、普通の人々に伝えることができると信じられている。
曼荼羅の内部には観音菩薩、文殊菩薩、勢至菩薩、、その他の菩薩、ガネーシュ等の外道の神々、行者等が描かれている。これらの存在に一瞬にして心身を癒す全ての知識を伝達したという。
回りには各種薬草、薬となる動物、鉱物等が描かれる。左上には効能別、5種の温泉も描かれている。
目に触れるだけでその有情の心身を癒すと信じられている。
特に、今回の地震、津波に襲われた被災者に送りたい。
རྒྱལ་བ་མ༷ཆོ༹ན་པ་(仏の喩え、仏に等しい)と書かれている。
この一つの解釈:逆に仏が医者に例えられることがよくある。つまり仏は、自分が心に病(苦)があると自覚した者が、信頼する医者の所に行くように向かう場所(帰依所)であり、仏はその人の心を診断し、その人に合った薬に等しい教え(法・ダルマ)を説く。その人が実際にその薬を飲むように教えを実行するならば、その人は苦しみから逃れる事ができる。
仏はこのようにして、心の病を癒す存在であるが、医者は同じ手順で身体的苦しみを癒すという意味。
チベット医学は水銀や金を始めとする金属類やトルコ石、真珠等の鉱物を医学に利用することで有名である。もっとも水銀はともかく、他の金属や鉱物中のある成分を医療に利用することは現在医学でも広く行われている。インドの医学経由でチベットでも古くからその効能を知り利用していたということである。
水銀も強力な毒消しとして世界各地で古くから利用されていたという。例えば徳川家康も水銀を服用していたと、小川アムチは話されていた。小川アムチによれば「水銀は昔の抗生物質のようなもの」なのだと。
チベット医学では嘗て、外科的手術も行われていた。
上段の丸い器具は痔の手術用。中段、左は手術用ハサミ、右はスポイドの類い。下段は各種ナイフ。
メンツィカンでは今回の展示会に間に合うように、17年もかけて3人の絵師により80枚の医学タンカを仕上げたという。このタンカ等を使いチベット医学の世界を広く知らせるために、これから世界中で展示会を計画中だという。日本には小川アムチという、このメンツィカンの学業を終了され、インターンも済まされた、立派なお医者さんもおられる事だし、是非この素晴らしい展示会が実現されると、いいな~、スポンサーさんはいないかな~と思う次第。
で、このタンカは食事療法に関するもの。ヤギ、羊、ディー(メス・ヤク)、馬、ロバのミルクも何かの病気を治す効能が夫々にあるらしい。下段の右から2番目の器に入っているものはཞོ་ཁ་ཆུ་(ショカチュ)と呼ばれる、ヨーグルトの上澄み。これはチベット医学唯一のダイエットの薬。もっともダイエットとかいう概念は昔も、たぶん今もチベットにはなく、「これを飲むと痩せる」というもの。
色んな病気を絵で解説している。
上段中央で「うんちもらしてしまったの絵」は下痢の紹介。
けい脈図の一種らしい。
下の4つの顔、というより頭は、その人の体質を計る目安になるというもの。
とのかく、骸骨くんが皆笑ってるのが特徴。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)