チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2011年3月14日

法王「完全引退要請書」を議会に提出/ティーチング始まる。冒頭、日本の地震・津波に言及。

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14.3.2011 チベット亡命議会今日はダラムサラで2つ大事なイベントがあった。一つはチベット亡命議会が始まり、その冒頭ダライ・ラマ法王が議会に宛てた「完全引退要請書」が読み上げられたこと。もう一つはツクラカンで2日間に渡る法王のティーチングが始まったこと。

まず、議会の話から。朝9時半、議長が第14会第11期の議会開会宣言。国歌斉唱、これまで自由チベットのために犠牲となった人々に対し、黙祷。
その後、議長が7ページに渡る法王の「完全引退要請書」を読み上げた。

内容を要約すると以下:
 最初にチベットの歴史を概観され、法王が如何に幼少より民主主義をチベットに導入しようと思っていたかが語られる。


「16歳になり政治の責任者になったときから、民主化を実行しようとしたが、中国の侵略による困難な状況及び、僧院や政府内の保守勢力の反対を受け、実行に移す事ができなかった。亡命後直ちにこれを実行するために議会制度を整えた。次第にダライ・ラマが歴史的に担っていた権限を議会に移す事を行った。2001年に直接選挙により首相が選出された後においては、実際私はほとんど議会が決定した事をそのまま承認していた。

選挙によって選ばれていない首長が国を治めていないというのは、実際もう時代遅れだ。できるだけ早く、人民による、人民のための政治を始めるべきだ。選挙により選ばれた首長が国を代表するという、完全な民主主義を実行に移す時が来た。

自分はもう年だ。いつ不測の事態が訪れてもおかしくない。そのときになって慌てて、体制を整えようとすると混乱が起こるかもしれない。そうならないためにも、今いち早くその準備を整える方が賢明と思われる。だから、この議会において、私の権限を全て今度選ばれる首相に移譲するための憲章改正について話し合ってほしい。」

今日はこの事に付いての議論は行われなかった。議員全員今日一日この法王の提案に付いて熟考し、明日からの議論に供えてほしい、と議長は述べた。議会は今月25日まで開かれる。その間に何らかの結論を出すものと思われる。

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14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング朝方はK通信社のアテンドもあり、議会の方に行っていたが、午後にはティーチングに参加した。

今回のティーチングはタイ人グループのリクエストによるもの。タイ人がリクエストするのは初めてと思われる。上座部仏教の国の人々が法王の教えを乞うというのも面白い現象だと思った。もっともタイ人といっても華僑が多いように思われた。

法王はティーチングの始めに、日本の今回の地震と津波に言及された。「被害は甚大で被害者の大きな苦難、悲しみに心より同情する。しかし、起こってしまい、取り返しがつかないものに対し、いつまでも悲しんでいてはいけない。勇気を奮い起こし、再び起き上がる努力に集中してほしい。私はダラムサラで、日本の犠牲者の冥福を祈るため、被災者の困難を軽減するために般若心経を唱えるよう指示した。さらに今日、南インドの3大僧院(セラ、ガンデン、デブン。総計2万人)に対しても日本のために般若心経を読経するように伝えた。ダラムサラではこれからもモンラム・チェンモ(大祈祷会)の間中、日本の被災者の事を思いつつ般若心経を唱えることにしている」とおっしゃり、参加者全員で3回般若心経を唱えられた。

14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング今回のテキストはゲェルセー・トクメ・サンポの「37菩提行」とカマラシーラ(蓮華戒)の「修習次第中編」。
この組み合せによる講義は過去何度も行われている。
「37」の方で菩薩の具体的な行について説き、「修習次第」の方でその六波羅蜜の最後の2つ、禅定と智慧についてより詳しく説くというやり方だ。

テキストは両方日本語訳が出ていると思われるので、興味がある方は読まれることを勧める。
明日は午前中のみティーチングが行われる。
ライブウェブもある:http://dalailama.com/liveweb
日本時間の1pmから始まる。

14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング

14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング今日のティーチングに参加していた、最近チベットから亡命して来たばかりという子どもたち。

14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング

14.3.2011ツクラカン 法王ティーチング

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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