チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2011年1月20日

「心臓の骨」ウーセル女史新刊前書き・後半

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チベット語擁護の高校生のデモ、チャプチャ胡錦濤のアメリカ訪問を話題にすべき今日この頃であるが、この方は「Follow me」をクリックして私のツイッターなんぞ見てほしい。

今日は昨日の続き。

原文:http://woeser.middle-way.net/2010/11/blog-post_11.html
翻訳:雲南太郎
写真:去年秋、アムド各地で行われた、学生たちによるチベット語擁護の抗議活動。

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民族と言語の平等を訴えるチベットの高校正たち「心臓の骨」後半

 漢字の改革にも簡体化があったが、相対的に見てずっと慎重だった。標準語の確定についても、元代の『中原音』や清朝の『官話』、民国時代の『国音』までさかのぼった。伝えられてきた『音』は標準語の音と定められ、全面否定すべき『四旧』に属しているかどうかは考慮されなかった。少数民族だけはいつも実験品になった。

 文字は平等なのかどうか。実際これはとても根本的な問題だ。モンゴル語とウイグル語の改革について、私は大学生のころにモンゴル族とウイグル族の友人から聞いたが、詳しい事情はよく知らない。でも『和平里チベット語』は自ら経験していたので、強い印象がある。当時、新しい文法を覚えるのにかなり苦労したし、『和平里チベット語』が引き起こした笑い話もたくさん聞いた。たとえば、チベット語の通訳がとても漢化していて、チベット人が聞き取れない時、どうして『和平里チベット語』みたいに話すんだとからかわれたそうだ。
 
 ある時期、この『和平里チベット語』は人々を苦しめ、結局は消えた。不幸をすべてあっさり忘れ去るチベット人は、少しつらいけれど、笑い話の中で歴史を風に任せて飛ばしてしまう。しかし、いま進行している事態の意図の深さ、手法の卓越ぶりは、目にすれば心が痛くなる。そう、そんな言葉で表現できる。私たちは刃物で切りつけられる時まで徹底的にもてあそばれ、それでも感激に満ち、熱い涙を浮かべ、下手人を菩薩と思ってオンマニペメフム……」

 今では?意図は?手法は?ある年のことを覚えている。私はまだ体制内で仕事をしていて、少数民族文学賞を受賞したチベット族詩人として、雲南で少数民族文芸交流会に参加した。

 少数民族の言葉と文字は発掘し、発揚するべきかどうか。「(全人代の)万里委員長は数年前、『文字の無かった少数民族に文字はいらないし、文字を持つ民族は文字を失わせ、すべて漢字を使わせる』と言った」。盛大な酒宴の席上、北京の太った公務員が遠慮なく話した。「そして私は」。この公務員はテーブルを囲んで耳を傾けている少数民族詩人を見回し、声を響かせた。「彼の意見に大いに賛同する」

 この時、イ族の衣装を着てはいるが、イ族とは限らない舞台上の青年男女が手をたたき、足を跳ね上げ、酒を勧める歌を歌った。「あなたを好きでも飲みたい、嫌いでも飲みたい、好き嫌いに関係なく飲みたい……」

 民族の文字は民族の生命と同じだ。どうしてこれほど軽率に出しゃばられたり、大々的に統一されたりするのか?ゲンドゥン・チュンペー――私がここで言っているのはチベットの巨変の前夜に自暴自棄になった有名な奇才のことだ――彼は早すぎる死の前に遺言を残した。間違って伝えられている「チベットにいたくない。チベットは嫌いだ!」といったせこせこした嘘ではなく、こう言ったのだ。

 「世界で最も尊いラピスラズリの宝瓶は石にたたきつけられ、砕け散た。この先、彼らがこうだと言えばこうなる。好きにさせてしまえ!」

 これはネット仲間のゲンドゥン・チュンペーがわざわざチベット語の伝記から訳してくれたものだ。彼はあざ笑って言った。「度胸もないのに、あの自分勝手なよそ者がこんなにチベットのことを考えていたとはね」

 私と彼は親密な友人になり、血なまぐさい嵐の吹いたチベット暦の土鼠年(2008年)に多くの交流を持った。私は何年も前にラサで書いた詩を探し出した。感謝をささげる言葉のようでいて、誰にささげるのか分からない詩だ。そのうちの2節は次のようなものだ。

ああ、月光の下、彼はもう幻になった
いま寺院を過ぎる
まるで鍵のようにひっそり光を放つ
でももうさびついている
どうすれば私のチベットを開けるのだろう?
……
私はそっと振り返り
思わず息をのむ
突然、一筋の光が斜めに差してくる
はっきり見えない袈裟に降りかかる
ちりが舞う
色がきらめく
チベットが時間の外にあったとは

 ネット仲間のゲンドゥン・チュンペーはそこから何かを見出したようで、感嘆した。「グル・リンポチェは『時間は変えられないが、人は変化する』と言った。大多数のチベット人に言わせれば、『ニンルパ』はまったく変わっておらず、世の中の様子が変わった。だから2008年の出来事は、暗闇は永遠ではない、努力しているのは自分一人だけではない、誰もが報われるんだと人々に突然気付かせた。2008年によって、あなたや私にだけでなく、全世界にも突然気付かせた。思わぬことにこの半世紀の間、まるで大切なものが隅に置かれていたかのように、チベットが時間の外に存在していたと……」

 民謡で歌われている通り、ニンルパはチベット語で「心臓の骨」という意味だ。

 「去年は馬に振り落とされたが、腕も脚も折れていない
 今年は恋人に振られてしまい、心臓の骨が折れた」。

 これはラブソングだが、単なるラブソングにとどまらないと思っていい。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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