チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年12月14日

「六四、一つの墳墓」劉暁波

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劉暁波氏劉暁波氏の詩や論文、エッセイを纏めた本が日本語で出版されている。
「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)

今日はこの本の中から彼の言葉を抜粋紹介する。
特に今回は「詩」を中心とする。
追って論文、エッセイの方も紹介するつもりだ。

この本の序に子安宣邦氏が書かれているように
「当局が恐れているのは、劉暁波が背負う天安門事件の死者たちの声と『08憲章』を書き、それを支持する人々の声とか一つになることである。劉暁波とはこの二つを一つにする人である。」

まさに劉暁波氏は天安門事件の生き証人として、そこで亡くなった人々の霊を良心として守り続けてきた人なのだ。

(写真はウーセルさんのブログより)

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劉暁波氏この本のカバーページより:

「一九八九年六月四日以来、ぼくという幸運な生き残りは、常に自分自身に警鐘を鳴らしている。『六四』の無辜の死者の霊魂が天上からずっとぼくを見つめている。『六四』の受難者の家族が地上ですすり泣いている。自分は泰城監獄で本心に逆らい“罪”を悔い改めた。ずっと堅く守ってきた人間として最低限の一線を守れず、“反省書”を書いたとき、ぼくは自分で自分の良心を踏みにじった。自分の孤独、軟弱、エゴ、利己的な処世術、命が惜しくて策略をめぐらし、仮面をかぶったことを自覚し、認識した。この心の奥底に潜在する恐怖や憂慮は、監獄がぼくに与えた恐怖や孤独を遥かに越えていた。限界や弱点がある人間には畏敬や謙虚が必要だ。自分自身が魂に拷問を加えることにより救いと贖いがえられる。これにより自己を解放しなければならない。つまり、監獄の試練よりも、むしろ魂の荒野における試練こそ語らなければならない。」

彼は毎年6月4日が近づくと「詩」を綴った。
そのいくつかを抜粋する。

劉暁波氏記憶(6周年を迎えて)


夜が
鋭い縁にぶらさがっている
何度も目が覚め、見ようとしたが
何度も眠りこけ、深淵に臨んでいるようだった
濃い霧がからだじゅうにたちこめている
そよ風が時たまきらめく
一本の針が血管のなかをさまよい
支離滅裂な言葉をつなぎ合わせる
思考は崩れ落ち
別れた恋人のように
互いに裏切りを責めあう


流刑に処された妄想のためには
簡明で明晰な虚無が必要だ
時間は逆流し時間は飛び去る
血の海のなかの顔が目を見ひらき
ほこりの臭いが漂ってくる
記憶の空白は
モダンなスーパーマーケットのようだ
今日は恋人の誕生日だから
一時間一時間が貴重だ
さっとスマートに
百元札またクレジット・カードに
署名しなければならない

(中略)

我が民族の魂は
墓を宮殿と記憶することに慣れされている
奴隷主が現れるまえに
我々はもう覚えている
どのようにひざまずくのが最も優美なのかを

一九九五年六月三日 北京西北郊外公安局軟禁宅

ぼくのからだのなかの天安門事件(12周年を迎えて)

この日はますます遠くなったようだが、ぼくにとってはからだに残された一本の針のようだ。
子どもを失った母親たちが切れ切れになった夢を縫いあわせたときに忘れた針だ。
この針は母親たちの仕事を引き継ぐ手を探している。
この針はぼくの全身を探しまわり、無数の幼稚な衝動や欲望を刺し殺した。
(中略)

それがからだのなかにとどまっているのは、簡単な理由のためだ。
―――あの手を探し、永遠の道義を確立する。
この針は臆病な神経がぶるぶる震えるのを許さず、先端を良知の見張り番にする。
(中略)

ぼくは待つ。あの手が、切れ切れになった夢を縫いあわせる決心と忍耐をもって、この針を心臓に突き刺すことを。
肉体の悲哀と神経の慟哭が思想を毒したが、しかし詩を昇華させた。

二〇〇一年五月一八日 北京の自宅にて

劉暁波氏六四、一つの墳墓(13周年を迎えて)

権力の標章を護衛する兵馬俑が
世界を驚嘆させる
宮殿より荘厳な十三陵が
また西洋人を驚愕させる
毛沢東の記念堂が
奴隷の心臓の中心に築かれている
我らの悠久の歴史が
帝王の墳墓により光り輝く
だが「六四」は
墓碑のない墳墓
恥辱を民族と歴史のすべてに刻む
墳墓

十三年前
あの血なまぐさい夜
恐怖のために正義を守るべき銃剣が放置された
逃亡により青春を圧殺した戦車が容認された
十三年後
朝はいつもウソから始まる
夜はいつも貪欲によって終わる
金銭により、すべての罪悪が許される
すべては再び包装しなおされる
しかし残忍であることは透けて見える
混じりけなしに透けて見える

「六四」、一つの墳墓
忘れられ荒れはてた墳墓
(中略)

だが墓参りに来ても
亡霊に通じる道が見つからない

すべての道が封鎖されている
すべての涙が取り締まられている
すべての花が尾行されている
すべての記憶が洗い流されている
すべての墓碑は空白のままだ
死刑執行人の恐怖
恐怖によってこそ安寧になる

「六四」、一つの墳墓
永遠に永眠できない墳墓

忘却と恐怖の下に
この日は埋葬された
記憶と勇気の中で
この日は永遠に生き続ける
銃剣に切り落とされた指が
弾丸に打ち抜かれた頭が
戦車に押しつぶされたからだが
阻止された哀惜が
不死の石となり
その石は、吶喊(*1)となることができ
また墓地をいつまでも青々とする野草となる
その野草は、飛翔することができ
心臓の中心に突き刺さる針の先となる
血涙をもって雪のように輝く記憶を取り返そう

「六四」、一つの墳墓
死体で生命を保持する墳墓

だが生きている人は
饕餮(*2)で淫乱で
欺瞞で独裁で
成金で小康で
屈従して物乞いする
人だ
一人ひとりまさに腐りきっている

二〇〇二年五月二〇日 北京の自宅にて

————————————————————————

*1、トッカン。魯迅の著書の表題。敵陣に突撃する時雄たけびの声をあげること。
*2、トオテツ。伝説上の貪欲な怪獣。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。何でも食べる猛獣。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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