チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年10月18日

2009年、3月10日法王記者会見 その四

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a5d6bdc2.jpg再掲/2009年03月17日

質問者:スウェーデンのフリーランスの記者だが、
失礼な質問かも知れないが、、、私の通訳のチベット女性が「法王は自身の死をコントロールできる」と言っていたが、、、ではあなたはいつお亡くなりになられる積りか?

法王:おお、、、あなたに仏教の信について語った女性がもっとしっかりした仏教知識を持っていれば良かったのだが、、、ヘヘヘ、、、、。

まず、仏教に関して二つのレベルの解釈がある。
民衆レベルの解釈と、本当に権威あるナーランダ大学の伝統に沿った解釈とだ。
一般にチベット人だけではない、日本人だって、中国人だって一応我々は仏教徒ということになっているが、一般の人々には十分な仏教に関する知識はない。
そうではないかな?

率直に言って、私には自分の死をコントロールするような力は全くない。
この明らかな理由は、例えば、去年私は胆石を取り除く手術をしたが、これは自分の望んだことではない。でもコントロール不可能だった。アハハハハ、、、、
だから、私の死もこのようなものだろう。
コントロールできるはずがない。
死の時は来るときには来る。ハハハハハハハハハ、、、、、
しかし、たぶん、来世については、意志の力によって、決心の力によって少しはコントロールできるかもしれない。

私の常なる願いは、
「この宇宙が存在する限り、有情の苦しみがある限り、私は留まる。
力の限りその者たちを助けるために」だ。
これは私のお気に入りの祈願だ。
そして、そのように決心している。

第一世ダライ・ラマが弟子から、「あなた様はすでに浄土に行かれる用意が有られるようだ。そのような印が現れている。しかし、どうかこの世の長寿を全うされますように」と懇願された。
その時法王は「私は浄土などに行きたいと思ったことなどない。私の願はより多くの苦しみのある処に生まれることだ。そうなれば、私がもっと役に立つから」と答えたという。

30年前に、このダライ・ラマ一世に関する資料を読んだ時、私は心打たれた。
だから私もこれを見習うのだ。
利用価値ということだ。
私はホームレスになって、50年だが、私は幸せを感じる。
この状況の故に私は役立つ人であり続けることができた。
このことが大事だ。
もちろん、自由がなければこれはなせないことだ。
この50年間、ホームレス、ステートレス(国もない)だったが、だから却って周りの人々の福祉増進のために何らかの貢献を成すことができたのだ。
だから、私は楽しい。

ところで、あなたは私がいつ死ぬかを訊ねているが、、、それは分からない。
おそらく、今晩がその日ではないだろう。これはほとんど確かだ。
99%は確かだ。でも今夜、大きな地震でも起これば、分からない。
でもその時は皆さんも危ないわけだが、、、ハーハハ、ハ-ハハハハ、、

次、
中国人か?

質問者:そうです。これが私のパスポートです(中国パスポートをかざす)。
私は89年に天安門前でデモに参加しました。
中国政府は多くの子供も殺しました。
家も壊されました。
2002年にニュージーランドに逃れました。
でも今もこの中国パスポートを持っています。
それは、中国は私の国だと思ってるし、、、

法王:グッド! それは良いことだ。

質問者:ニュージーランドに胡錦涛が来た時、チベット人がデモをするのを見ました。
2007年のそれは大きかった。
チベット人と共に、我々もダライ・ラマを共有したいと思った。
法王はチベットのダライ・ラマであるのみならず、我々中国人のダライ・ラマでもある。

法王:誰もそんなことは言わないがな、、、ハハハハハハ、、、
でも実際、我々はそう思っている。この前ワシントンに行った時、中国人の前で「私は中国人になりたい」と言った。
あなたの持っているそのパスポートを持っても良い。OKだ。
我々は中国人ではない。しかし、市民として中国の中に留まりたいと言っているのだ。

質問者:・…上海で6人の警官を殺して自殺した男が・・・・08憲章が…どうしたらよいか?(この部分良く分かりませんでした)

法王:あなたの質問ははっきりしないが、、、比較的いい英語だが、、、2002年に出られて、それから習われたのなら、大したものだ。
いや、中国を出られる前にも英語を習っていたのか?

質問者:ハイ。北京で。

法王:じゃ、それほどでもないかな、、、ハハハ(満場笑い)
それにしても、我々二人は同じ類(same kind)の人間なのだろう。
独裁政権に反対している。
我々は自由を求めている。
「08憲章」の事を聞いたのは、私がポーランドにいた時だが、直ちに私は支持を表明した。これは道徳的責任からだ。
これは支持すれば、見返りにどれだけの利があるとかいう話ではない。

何事か正しい、道徳的案件については、支持を表明すべきなのだ。
だから私は支持を(書くしぐさ)表明した。

前にも言ったが、中国は世界でもっとも人口の多い国だ。
他の世界から尊敬を得たいと熱望している。
そのためには、透明性、公正な司法組織、メディアが完全に自由に活動できること等が必要だ。
これらが達成されるなら、現在の共産党の下に漸進的に民主化が進むと考える。
これが、正しい方向だ。
突然の崩壊、変更。中央政府の突然の崩壊は大きなケオス(混乱)を引き起こすであろう。
これは誰もが避けたいことだ。
漸進的変化が最良の道なのだ。

だから、私は指導者層の中の若い人たちや、そのスタッフの中の外国で良い教育を受け、民主主義の価値をすでに味わったことのある者たちに期待する。
彼らの力による序々に中国が民主化されるなら、そのとき初めて中国は「尊敬を受ける超大国」になれることだろう。

中国の友人も言っていた。
超大国になるには、いくつかの条件があると。
まず第一に「人口」、これはもうある。
第二は軍事力。これもすでにある。核もある。
第三に経済。これも今は大体ある。
何が、足りないか?
それは道徳的権威だ。
信頼され、尊敬される超大国になるには道徳的権威がいる。
これが欠けているのだ。

このところの中国の、チベットだけではない、ウイグル人や自国の反体制中国人に対し、少しでも政府反対の意見を表明すれば、逮捕するという態度は非常に良くない。
中国のイメージのために良くないことだ。
だから、尊敬される超大国になり、より効果的に世界をリードする国になるためにはこの点は非常に大事なことだ。
このことは常に中国の友人にアドバイスしていることだ。

数日前に中国の外務大臣が言っていたが、、、、コピーはあるか?
(コピーが手元に渡され。それを読まれる)
「(中国と)良好な関係を続けたいなら、その領土がダライ・ラマのチベットの独立をもくろんだ分裂主義的活動に使われないようにすべきだ」

今回も、皆さんが証人となったように、我々は完全に「中道路線」を守っている。
「独立」を求めていない。
あなた方に、このことに完全にコミットしていると100%保証する。
(非常に厳しいお顔でみんなを指さされる)
あなた方が証人だ。

この数十年の間、世界中至る所で、私はこのことを明言してきた。
多くの人たちがこのことをはっきり認識している。
我々は独立を求めていないと。
だから、たとえば私の兄とか、他のチベット人たちも私のこの立場を非難している。
(コピーを示しながら)この中の「独立を求めている」とか「分離主義者」とか言う言葉は、、、、これはチベット人のいうところの「実体のない影」のようなものだ。

(再びコピーを見ながら)
「ダライ・ラマ側は依然として中国全領土の四分の一にあたる大チベットと呼ぶ領土の中から軍隊を追いだし、すべてのチベット人以外の住人を移住させようとしている。
・・・・・ドイツやフランスその他の国であろうと自らの領土の四分の一が奪われるのを誰が許すか。中国は常に統一を支持することを忘れないように。」

エヘヘヘヘヘヘヘヘ、、、
私はかなり真剣だ。これを聞いた時は相当驚いた。
外務大臣!がこのような表現を使うとは。

二つの可能性がある。
一つは、全くの無知からか?
あるいは、意図的に嘘を言っているか?だ。
だから、私の代わりに、皆さんが中国の外務大臣に聞いてほしい。

「チベットから中国軍を追いだし、チベット人以外を移住させる」、、、
この同じ質問を私はオーストラリアである中国人のジャーナリストから受けたことがある。
私は「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」と尋ねた。
しかし、答えは帰って来なかった。

皆さんには私のすべてのステートメント、記録を調べてほしい。

もちろん59年のすぐあと頃には、何も決定されていなかった。
我々の中心の課題は移住であり、教育であった。
それと国連に訴えることだった。
しばらくして、緊急の課題が少しは解決されたころ、初めて長期的展望についてじっくりと考え始めた。
そして1974年に長期的政策を決定したのだ。その時から我々の立場は一貫している。チベットの独立を求めてなどいない。
会う人すべてに説明している。

「自治」とはどういうことか?
外交と防衛以外のすべて、教育、経済、環境、宗教、これらはチベット人自身にゆだねられるということだ。
外交と防衛以外、と言うときここで一つの質問が起こる、、、、
インド人の友人はどこに行った、、(法王手をかざしてその人を探すしぐさ)
あれ、行っちゃったのかな?、、、あなたじゃない、、、
20年ほど前にある雑誌のエディターと会ったことがある。
その時この外交と・・・の話になったので、私はジョークで「もしもインドと戦争になったとして、我々チベット人は

インドに銃口を向けるなど考えられないことだろう。インドは我々のグルだ。先生だ。
だから、インド人に撃たせろということになるだろう。ハハハハハハハ、、、
みんな笑ったよ。

独立を目指していないということは、外交と防衛は彼らに任せるということだ。
私は一度も中国軍はチベットから撤退すべきだと言ったことはない。
だから、お願いだから、私の代わりに中国の外務大臣に聞いてほしい。
「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」を。
できるか?私の代わりに聞いてくれるか?(一人ずつを指さされる)

この中には北京に支局を構えている通信社も多いだろう。
彼に訊ねてほしい。訊ねるべきだ。
どこで言ったのかと!?(法王本気の顔をされる)
これは本当のことではない。
中国の外務大臣は巨大な軍隊をもっている。私はたった一人の避難民だ。
しかし真実に関する限り、違いはない。
力に関係ないものだ。
だから私は彼に、いつ、どこで、発言したかを聞く権利がある。

ワシントンで語った一つのコメントがある。
これは遠いビジョンとしてだが、チベットが将来「Zone of Peace」になればいいと語った。「アヒンサ」の地だ。
これはどこでもいつも話している、ヨーロッパでもワシントンでもカナダでも日本でも、これは私の長期的ビジョンとして話していることだ。
全世界はいずれ非武装化されなければならない。
これは段階的に進められる。
外の非武装化の前に内なる非武装化がなされるべきだ。
これは我々のビジョンだ。何も隠すことではない。
中央アジアのチベットは平和地帯となるべきだ。
だからと言って、今すぐにチベットから中国軍は撤退すべきだと、言ったことは決してない。

例えば内モンゴルには3,4百万のモンゴル人に対して1800万人の中国人が住んでいる。こうなるともう自治と言う意味もない。
自治と言う限り、その地域において人口の過半数を保っていないければならない。
この意味で危険はある。
例えばラサだが、10万人のチベット人に対し、中国人を中心とするチベット人以外の人口は20万人に達する。
すでにチベット人以外の方が多くなっている。
これはチベットの文化を守ることに対する脅威だ。
言語を含めてだ。
この点に関して時に言及することはある、、、しかし、
すべてのチベット人以外の人は出て行くべきだ、などと言ったことは一度もない。
だから外務大臣に質してみたいのだ。

無知からか?(意図的)嘘なのか?
どこでいつ言ったかを証明すべきだ。
証拠を示すべきだ。
去年もそうだったが、、、去年3月10日の騒動が始まった後、温家宝首相がメディアの前で「すべての問題は外部から、ダラムサラから引き起こされた」と語ったとき、私は「どうかちゃんと調査してほしい、中国の係官がここに来て、すべての私のファイルとチベット人に話したすべての記録をチェックしてほしい」と中国政府に対し要請した。
でも何の返答も帰って来なかった。
だから、今回はあなた方に中国側に質問してもらう義務を押し付けよう。ハハハ。
(会場から拍手)

はい次。後二、三の質問だけ、、、

質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:



続く。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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