チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年10月2日

【石平のChina Watch】「維穏」と「殺人ダニ」 転載

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石平さんの記事転載。

【石平のChina Watch】「維穏」と「殺人ダニ」
2010.9.23 08:35
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100923/chn1009230837002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100923/chn1009230837002-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100923/chn1009230837002-n3.htm

 中国ではこの数年、「維穏」という官製の言葉が高い頻度で使われている。「社会的安定(穏定)の維持」という意味だが、背景には、暴動や騒乱の多発に象徴されているような社会不安の拡大がある。
 今年6月13日付の『光明日報』の記事によると、2009年以降、各地方政府が中央政府から課せられる「第一責務」は、以前の「経済発展」から「社会安定の維持」、すなわち「維穏」に変わったという。
 それに伴って、「維穏」のための予算はうなぎ上りだ。10年度の国家予算では、「維穏費」とも呼ばれる「公安予算」が8・9%増の5140億元(約6兆5千億円)で、表向きの軍事費にも匹敵するほど巨額である。
 また、中央政府と各級地方政府には今、「社会安定維持弁公室」と称する専門部署が設置されている。そこでは、公安・武装警察や情報統制・宣伝などの総力を結集して日々の「維穏」に取りこんでいるという。
 政権がそれほどの必死さで「維穏」に当たっていることは逆に、中国社会が常に「不穏」であることの証拠だが、今や問題となっているのは当局の「維穏」のために、人民の権利と自由がより一層のひどさで侵されていることである。
 最近明るみに出た河南省の「殺人ダニ騒ぎ」はその一例だ。今月8日、河南省衛生庁は07年5月から10年9月にかけ、同省の商城県内においてダニに刺された557人が発病し、18人が死亡したと発表した。「ダニが人を殺す」とはまさにびっくり仰天の出来事だが、それよりも衝撃的だったのは、07年5月からの3年数カ月にわたって、商城県当局は実態を一切公表せずに、意図的な情報封鎖を行ったことである。
 犯罪行為ともいうべきこの情報隠蔽(いんぺい)の理由について、商城県当局は「公表した際のパニックを考えて、社会的安定の維持のためにそれを伏せた」との説明を行っている。つまり、「維穏」のためなら人の命を犠牲にしても仕方がない、という「弁明」だが、商城県当局に限らず、「維穏は人命よりも重い」というのが政権全体の一貫した考え方だ。
 しかし今回ばかりは、露骨な人命軽視に対して、さすがの中国人民も怒り出した。事件が明るみに出た翌日から、『新京報』という有力地方紙が商城県当局の情報隠蔽を厳しく追及したのを皮切りに、マスコミやネットの世界で非難の嵐が巻き起こった。
 「このような『維穏』は要らない!」「『維穏』は毒虫よりも恐ろしいのか」「『維穏』という美名下の犯罪は許せない!」等々、痛烈な批判があちこちから噴出した。
 そして、批判の声の多くは、その矛先を単なる商城県当局の情報隠蔽にではなく、政権の「維穏政策」そのものに向けている。現体制下で、中央の政策に対する民衆の批判がこれほどの明確さで堂々と展開されるとはまさに前代未聞の出来事だが、この原稿を書いている9月中旬現在、民間による抗議と反発はますますの広がりを見せている様子だ。
 このようにして、当局が「維穏」のために行った情報統制や人権侵害は逆に民衆の不満を招き、さらなる「不穏」の状況を作り出した。いわば「『維穏』が『不穏』を招く」という皮肉な事態である。
 このままでは中国社会全体の安定はいずれ崩れてしまう可能性が大である。民主主義的法治体制の創出こそが社会の安定化につながる究極の「維穏策」であると、今の指導者たちはまだ知らないのだろうか。
                   ◇
【プロフィル】石平
 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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