チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年8月8日

アムド、ドゥクチュ(舟曲)県で洪水、死者127人、行方不明2000人

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ドゥクチュ<チベット・アムド地方ドゥクチュ(甘粛省甘南チベット族自治州舟曲県)の土石流で死者127人、行方不明2000人>

どうして、こうもチベット圏(境界域)で水害が続くのか?
もっとも、もちろんチベットだけがやられているわけではない。
むしろ同じ川の中・下流域で先に起こっていたことが上流域にまで及んだ、という感じだ。
下流はこれから、更にやられるだろうと言うことだ。

根本原因の一つと思われる、地球温暖化や偏西風の異常蛇行の話は今、置くとして、レーとドゥクチュでは災害の原因、条件に大きな違いがあると思われる。
この話に入る前に、先に今分かっている範囲で両方の状況を簡単に説明する。

レーの方は、インドのNDTVが139人死亡、600人不明。
共同デリー(清水さん)は警察発表として、160人死亡、600人不明、外人3人も死亡と報道されている。
ラダック、レーインドのテレビでは外人50人が今も行方不明と発表。
多くの外人が再開された民間フライトを使ってレーを脱出する様子が映された。
電話局が破壊されたので、通信手段が問題。ラダックに至る道も至る所で切断され、陸路はまだ開通されていないが、空路は確保されているとのこと。
元々軍隊が大勢駐屯しているレーなので、救出活動をする軍人の姿はたっぷり見ることができる。

もう一方のドゥクチュ(འབྲུག་ཆུ་)。「ドゥク」とはチベット語で「龍」。「チュ」は「川」。
ドゥクチュは被災地の中心にある町の名前でもあり、谷を流れる川の名前でもある。川は下って四川盆地に入り、重慶で三峡ダムのある揚子江に合流する。

被災地のドゥクチの人口や構成については。「共産党青年団ドゥクチュ県委員会」発表の2007年人口調査で、「総人口13万8432人のうち、漢9万1405(66.0%)とチベ4万6735(33.8%)で99.8%。残りは回・満・蒙・サラール」となっている、とosakadaさんが報告して下さった。

ドゥクチュ現在、BBC発表で、死亡100人超、2000人行方不明。
ウーセルさんは現時点で、127人死亡としている。
被災者の数は5万人と言われている。
その内4万人はドゥクチュ(舟曲)の街の人たち。
日本のNHKも被災地の動画を流しているhttp://bit.ly/8ZNJ2n

この中でも報道されているように、最初に土砂崩れが一つの村を襲った。
300世帯が暮らすこの村はほぼ完全に押し流されたという。
その村の死者だけで今85人。
この村はチベット人の村である可能性が高いと思っている。

村を飲み込んだ土石流は下を流れるドゥクチュ川(中国名・白龍江)を堰き止めた。
すぐに堰止湖が形成され、上流の村が幾つか水没し、街は水浸しとなった。
BBCでも水浸しの街を映している。水の深さはひどいところではビルの一階が完全に消えるほどだ。

uralungtaさんの情報によれば、「堰止湖は既に爆破済みで水抜き実施中の模様。http://bit.ly/9mvCC0(≒当局公式見解)」とのこと。
下流に非難すべき住民2万人がいるとされていたが、彼らは先にうまく非難したのだろうか、心配だ。

ドゥクチュテレビに映される映像はインドもBBCも浸水したままの街だが、これは映像がちょっと古いのだろうか。
一気に抜いた、抜けた訳ではないのか、、、?

北京からウーセルさんがツイッターでこの災難について、連続で詳しいコメントをされている。
ウーセルさんはかつて一度この辺に行ったことがあるという。
(後記/訂正:ウーセルさんがこの谷に行ったのではなく、以下はウーセルさんのツイッターに返信した人が書かれたものだった。詳しくは下段にあるuralungtaさんのコメント参照)

(uralungtaさんの訳)
「ドゥクチュは長年にわたり砂金が乱採され、両岸の高い山の材木は伐採しつくされて灰色の土壌がむき出しになり、川底は砂金採掘の機械で(掘り返され)流れるのは濁った泥水のみ。ひどい自然破壊で満身創痍状態(後略)」。

彼女は同時に古い文献を引用し、かつてこの地域が如何に森林豊かで、深山の趣深い渓谷であったかを描写している。
また、大学の文献などを引用しながら、如何にこの災害が人災であるかを説いている。
結論的にはこの災害を引き起こした原因というか条件はまとめれば三つ:
1、 水力発電所建設(建設中を含め13か所。1か所はすでに今回の洪水で破壊された)
2、 鉱山開発
3、 森林伐採

という。

詳しくは彼女のツイッターhttp://twitter.com/degewa
にアクセスし、中国語を読んでほしい。
ブログにもアップされるであろう。

一方のレーの方はまずは今年のインドモンスーンが偏西風の蛇行の影響なのか、例年にくらべ右旋回が強くないことが影響している。(海面から登った水蒸気量も暑いせいで多かったであろう)
インド洋の湿った空気がインドの西海岸をそのまま上昇してパキスタンやインドの北に多量の雨を降らせている。
今年の雨はヒマラヤの東側より西側の南西面に集中している。
そのせいでまず、パキスタンのインダス川上流が氾濫し、下流にかけ、すでに2000人近い犠牲者が出ている。

そして、厚い雨雲は例年なら越えるはずもないラダックにまで押し寄せた。
まるで、洪水などの準備のできていないレーは集中豪雨による鉄砲水に夜中襲われ、多数の犠牲者をだした。

こちらも山に全く樹木がないことが被害を大きくしたとおもわれるが、こちらは自然にそうだっただけだ。人が伐採したわけではない。
レー近辺にダムもなく、大きな鉱山開発もない。
だから、こちらはドゥンチュと違い、自然災害の面が多いであろう。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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