チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年6月2日

昨日の法王

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1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV昨日、法王は午前中に二つの行事を行われた。

ケグド(キグドゥ、ジェクンド、ジェグ、ユシュ、玉樹、何でこんなにいろいろな呼び方があるのかね、、、方言と植民地化の故でしょう)地震発生から7週間目の一日前に当たる昨日、朝8時よりダライ・ラマ法王はダラムサラのツクラカンにて地震犠牲者のため七七日(四十九日、満中陰、尽七日)…「大練忌」法要を取り仕切られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV大方の仏教では人は没後、中有という生死の狭間状態を最長49日間彷徨う、と言うことになっている。
その後は、その人のそれまでの生が積み重ねた善悪のカルマの力+中有中にラマや他の人々によって行われた、外からの引きあげる力+自分自身のそれまでの心をコントロールする修練から得た、内からの力等、様々な原因と条件に従い、次の生を受ける(母体に入る)ことになっている。

49日以降にも日本では年忌法要といって一周忌、三回忌、七回忌、、、、、と追善供養の法要を行う(行わなければならない)ことになっている。
チベットでも俗人たちはロンチュと呼ばれる追善供養のような一周忌を行う習慣がある。しかし、故人が僧侶である場合には特別のケースを除いてはこれも行われないと聞く。
もう、次のどこかいいところに生まれ変わったであろうから、心配しない、ということか?

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVま、実際、特にこのような大地震の後には、亡くなってしまった人たちの事をいつまでも心配しているより、残された家族のことを心配した方がいいだろう。
今も、被災地ではテントもなく暮らしている人も大勢いる。
中国政府から支給された、青いビニールテントは、夜冷え込み、昼間は天気が良ければ、温室を越えて暑くなる。
政府はテントの中で火を焚くことを禁止している。
「火事になるから」という理由だ。
遊牧民たちはさぞかし昔の、いくらでも中で火が焚ける、広々として、夜暖かく、昼間は涼しいヤクテント(パー)を懐かしく思い出していることであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVそれでも、元遊牧民は今でもヤクテントを持ってる家庭も多かったのじゃないかと思い、その辺の事情を知るチベット人に聞いてみたが、「街の方に引っ越しさせられた時、大方の家はテントを売ったよ」とのこと。

思うに、今、被災者の内まだ元気なものたちの多くは、冬虫夏草を求めて山に入っているのではあるまいか。
少し離れたまだ遊牧民が残っている地方に散って、懐かしい遊牧民たちのヤクテントに居候させてもらっている人も多いであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV中国政府は一昨日(5月31日)今回のケグド地震の犠牲者数を2698人と発表した。
4月終わりに死者2200人と少し。負傷者12000人と発表した後が今回の発表だ。この間に500人増えたことになる。

その内2687人の身元が確認され、残り11人が未だ身元不明という。

この数字、ケグドに住民票を持っていた者のみの可能性ありだが、確かなことは分からない。
ただ、今も現地の人々は犠牲者の数は一万人を下らないと信じている人が多いようだ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV仮に犠牲者が3000人と少なめに見積もって、ケグドの人口が3万人とすれば10人に1人の割合で死者が出たということになる。
6000人ならば5人に1人だ。
アバウトな比較として、神戸市の人口が100万人として大震災により5000人が犠牲になったとすれば、その割合は200人に1人だ。

如何に、この地震の人的被害率が高かったかが判る。
結局、チベット人の多くは、こんなにすぐ壊れ、人を殺すような家に住んでいたということだ。
そんな家に住んでいるのはもちろんケグドの人に限らない、チベット全土の貧しいチベット人や中国人、特に遊牧民移住村の人々もそんな家に住んでいるのだ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV左の写真に写ってる法王、見方によれば、痛む心臓を押さえ、お顔からも強い苦痛を我慢していらっしゃる様子が見て取れる、と言う風に見えないこともない。

もっとも、手を衣の下に入れておられるのは、その前の写真にある様に、目に脂でもたまったのか、それを白いハンカチで拭われた後、ハンカチを胸に収められたときの仕草だ。
しかし、確かに昨日の法王はこの後も、TCVでも何度もメガネを外されて目から何かを拭われるという場面が見られた。
TCVホールで行われた「学生のための仏教講座」の最後に、法王は「ちょっとこの前、アメリカからインドに帰って来た後、体調を崩して、熱を出した。
少々休まなければいけないかもしれない。
だから、ひょっとして明日の講義は“休まさせて頂くかもしれない”」とおっしゃった。

確かに、昨日の法王は最初から何となく元気がないようにも見受けられた。
仏教講座もいつものようなのりのりの雰囲気ではなく、早目に質問コーナーに入られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、結局法王は今日もTCVにお出かけになり、いつものように素晴らしい講義をなされた。
この講義は以下でライブビデオが流された。
今日以降、いつでも
http://dalailama.com/webcasts/post/110-introduction-to-buddhismに行けば、この講義を英語、チベット語、中国語で見たり聞いたりすることができる。

法王はアメリカ訪問中に病院で精密検査を行われた。
法王自らその結果について「全くどこにも問題はないそうだ。健康だ。何も心配しないでよい」とおっしゃった。

ちょっと前にブログに書いたが、アメリカ帰りの時差ぼけのまま、屋外は50度にもなっていたであろう、パトナのブッダ公園開園式に出席させられたりしたから、体調を崩されて当たり前のような気もする。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV9時前にツクラカンにおけるモンラムを終えられ、法王はすぐにTCVに向かわれた。

毎年二日間TCVホールで行われる、この法王の「仏教紹介講座」は今年で4回目。
TCV発表によれば、ホールに入ることが許されたチベット人学生は、大学生600人を含む2200人という。
これを聞いて、私はちょっと青くなった。
自分はこのホールを最大1500人用として設計したつもりだが、、、
一階には何人詰め込んでもよいが、あんまり二階席に人を載せすぎるのはどうかと思うのだ。
講義の最中、バルコニーを支える柱や梁が気になり、時々目をやったりすることとなった。後は、地震が来ないことを祈るだけ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王の講義の前座として、若干の尼僧を含めた俗人グループによる、タクツェと呼ばれる問答会が行われた。
町の年寄りグループと若い女性グループに別れていた。
この中、若い女性グループの中には日本人が1人、スペイン人が1人加わっていた。
加わっていたというより、中の日本人は実質グループを代表していた。
その日本人女性とは山口直子さんという方でもうかれこれ15年目ぐらいから仏教の勉強一筋に頑張っておられる女性だ。
仏教の勉強の仕方にもいろいろあるが、彼女はちゃんとダラムサラのツェンニー・ダツァン(仏教論理大学)に通われ、正式に論理学、哲学を学ばれている。もうすでに7,8年目で「中観」の終わり辺りを勉強されていると思う。
恥ずかしながら、私もこのツェンニー・ダツァンに6年半通ったのだが、もうかなり昔のことで、、、今はそのほとんどを忘れてしまった。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVグリーンのチュバに白いブラウスを着てマイクに向かって答えているのが山口直子さん。

このダラムサラのツェンニー・ダツァンはおそらくインドで唯一俗人の女性でも他の僧侶と同じような階梯を学ぶことができる僧院だ。
もちろん、俗人の男も学べる。
と、いうことで昔から外人が多く学ぶところとして有名だ。

女性と言えば、昨日法王は、チベットに前例のない女性のゲシェ「ゲシェ・マ」について言及され、「まだ、このゲシェ・マという制度はできていないが、できるだけ早くゲシェ・マも生まれるようにしたいと思っている」と発言された。

それで思い出すのは、私が通っていたころ、同級生であった、1人のドイツ人の尼僧だ。彼女は最初から終りまで優等生だった。
同期の僧侶たちの何人かはすでにゲシェ位を取った者もいる。
はっきり言って、彼女よりできなかった僧侶もゲシェになっている。
もし、この制度ができれば彼女など間違いなくゲシェ・マ・ラランパになれることであろう。それほど、彼女はキレルのだ。
余談だが、彼女はダラムサラに来て尼僧になる前には東京で日本人の男性と暮らしていたとか、、、(過ぎた余談ですみません)

法王は講義の始めに、このタクツェが最近TCVなどの生徒にも教えられるようになったことを喜ばれ、そのうち、学校で教える数学や物理その他についてもの、そのこの証明や検証の仕方にこのチベット式(ナーランダ式)論証法を応用することにまで提案された。

このインド伝統の論証方法は将来的には世界的ブームになるかもしれない、というよな趣旨のことも話された。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王が指さされているのは「意識の対象」。
意識の対象側に(微かな)実体性を認める中観自立論証派の見解を論破されているところ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV質問に立った、学生のアムド訛りが強くて、法王は何度も聞き返しておられた。
最後にやっと彼の言いたかったお経の名前がわかった時、そのあまりの違いに爆笑の法王。

、、だったと思うが、間違ってたら失礼。とにかく、法王の腹を抱える大笑。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV最後に、サカダワの日と同様のおまけ。

またまた、なんでこんな場違いなおまけが付くことになったかと言うと。

講義を終えられ法王がホールの裏のグランドから車で立ち去られた後、
振り向くと、例のダラムサラの自称色男代表ロプサン・ワンギェルがいつものピンクのシャツを着て目の前に発っていた。
「おお、ナガハラ。見てくれ、今年のミス・チベットだ。どうだ、写真を撮るよな、、、」と私を含めた周りいたカメラマンみんなに声をかけ、今年のミス・チベット候補の写真を無理やり撮らせ始めたのだ。

ロプサンね、、、人を集めようと必死なのはわかるけど、今の今までホールの中では「無明から執着、執着から苦しみ、、」という仏教講座をみんなは聞いてたと言うこと知ってるよね、、、と言いたくもなったが、、、とりあえず、目の前に立ちはだかる4人の着飾ったお姉さんたちの写真を撮った。
撮りながら、ロプサンの耳元で「候補は4人と聞いてたけど、本当は1人しかいないじゃん?」と意地悪なことを言った。

今年が何年目だかもう覚えていないが、ダラムサラの名物男でもあるロプサン・ワンギェルは1人で企画事務所を創設し「ミス・チベット・コンテスト」とか「チベッタン・オリンピック」とかのイベントを企画・実行している。
この「ミス・チベット」の企画が最初に発表されたときに、首相のサムドン・リンポチェが「このようなイベントはチベットに相応しくない」と発言したが、このことも、今ではイベントの宣伝文句の一つにしているようなちょっとチベット人らしくない男だ。

もっともこの男のお陰で、こんな田舎の若者たちの楽しみが増えていることは間違いない。

そう言えば、数年前国際コンテストに応募しようとしたが中国の妨害に遭い実現できなかったとかロプサンは言ってた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、この美人コンテスト、いまいち盛り上がりに欠ける、まず候補者を集めることに毎年苦労しているそうだ。
ロプサンは、「チベットの女の子は恥ずかしがり屋ばかりだ。人前に出ようとしないのだ。この気質を変えないといけない」とか言ってるが、実際はどうだか?
知り合いに、もっと可愛いのいっぱい知ってるのに、、、なんていう人も多いが。

今度の土曜日と日曜日に選考会がドラマスクールで行われる。
全員、歌って、踊る。討論何度もある。

ちなみにこの優勝候補と目される”ヤンチェン・メト”はルンタのアヤちゃんの友達であり、うちによく来るスジャ・スクールのツェリン・ノルブ少年の同級生だったそうだ。

「美人」というも、美人性が客体側に実体的に存在するわけではなく、「名のみ」で「無常」な幻のようなものですが、、、

講義は80%「空」の話だった。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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