チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2010年5月1日
THANK YOU HIMACHAL
昨日、今日と二日間、ダラムサラで“THANK YOU HIMACHAL”というイベントが行なわれた。
ダライ・ラマ法王は1959年、亡命された後、ちょうど50年前の4月30日、ダラムサラに到着された。
このイベントは、その後50年間、法王を始めとする、チベット難民を受け入れ、現在に至るまで暖かく見守ってくれた地元への、チベット人の感謝を表すために行なわれた。
昨日は、下ダラムサラの広場に現ヒマチャル・プラデッシュ州・州知事Prof. Prem Kumar Dhumalをメインゲストに迎え、法王をはじめギャワ・カルマパ、首相、議会議長などがチベット側のホストとなり、大勢の地元インド人、チベット人が招待され大きなテントの下で式典が行なわれた。
法王は昨日のスピーチの中で「実際、この50年間に、ヒマチャル州は我々の第二の故郷となった。ここで、我々は自分たちが果たすべき責任を全うするという、自由を許されてきた」と話され、さらに
「もし現在、我々亡命チベット人たちが世界で一番成功した難民と呼ばれているとすれば、それはインドとその国民、特にこの州が、我々に強い亡命社会を作り出すために必要な基礎を与えて下さったが故に、その名を得ることができたのだ」
「ヒマチャル州の人々と政府、そして他のインドの各州が長年に渡り、我々に示して下さった慈愛と保護に対し、心からの感謝の意を示すために、私は、全ての亡命チベット人を代表して、ここで“ありがとう”と言いたい」
「内地にいるチベット人たちも、あなた方が我々に与えて下さった慈愛と支援について知っており、彼らもこのことを感謝している。だから、彼らに代わってさらに、“ありがとう”と言う」
と続けられた。
これに応え、州知事は、「お礼を言いたいのはこちらの方、法王がここにおられることは光栄の至りだ。これは我々の“プライド”の問題だ」と話された。
今日は会場をいつものツクラカン前に移し、メインゲストには前ヒマチャル・プラデッシュ州・州知事である、Shri. Virbhadra Singh氏。
実際仏教徒である彼と法王は長年親しく交歓しあって来た仲だ。
今日のスピーチの中で法王は
「、、、、私は5歳のとき、アムドから中央のラサに来た。
そして16歳の時、チベットは危機に襲われ、私に国の宗教と政治の責任が託された。
そして24歳のとき、自分の祖国を後にし、インドに亡命した。
幸いにも客人として迎え入れられた。
きっとインドにもっとも長く居る客人なのかもしれない。
もうすぐ75になろうとしている。
50年以上もインドに暮らしている。
人生の三分の二を亡命者として過ごさせねばならないということは、一面悲しいことである。
特に、私が生きている間は、おそらく、悲しいことばかり見たり、聞いたり、経験したりせねばならないかもしれない。
しかし、一方で、我々はみんなして頑張って、まあまあの社会を築くことに成功した。
人生として見れば、亡命者であったが、できるだけ頑張って、ちゃんとやって来たという自負は持てるであろう。、、、、」
と述懐された。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)