チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2009年7月9日

ウルムチを巡って

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7.7.09 ウルムチトルコがウイグル支援のために今回のウルムチ事件について国連が審議するよう要請するというニュースはReuters伝としてパユルも伝えています。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=25127&article=Turkey+wants+U.N.+to+discuss+Xinjiang+violence

同じ内容をおこちゃ様が伝えておられます。

2009年7月8日、英BBC放送の中国語サイトによると、トルコのアブドゥッラー・ギュル大統領が、中国の新疆ウイグル自治区で発生している暴動の平和的な早期解決を中国政府に呼びかけるとともに、事件について国連安保理に提出することを明らかにした。

また、ダーブトオール外相も「トルコ人にとってウイグル族は民族的に兄弟のような存在だ」とし、「彼らの今後に注目している」と事件についてコメントしたほか、中国の警察当局が国際的な人権保護のガイドラインを尊重した行動をとるように求め、住民の安全を最優先するべきだと話したという。

トルコの駐アンカラ中国大使館前では、暴動に対する中国政府の対応を批判するデモ活動が連日行われているほか、一部のトルコメディアはウイグル族団体を擁護する声明を発表、このほどのウルムチの暴動で殺害された人はウイグル族ばかりだと報じているという。現在、トルコには中国から逃れてきたウイグル族が多数在留している。

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これが中国側の日本語オンラインサイトによると、驚くべきことに、話が真反対になっています。「話は取りよう」の範囲を越えてると思えますが。

http://japanese.cri.cn/881/2009/07/08/1s143249.htm

新疆ウィグル自治区のウルムチで5日、暴動が発生した後、中国はそれに対応する適切な措置を講じています。これに対して、トルコやベトナムなどの国は支持の意を示しました。また、フィリピンなどの国のメディアは世界ウィグル会議が画策した残忍な暴動を非難しました。

 トルコのダヴトゥオール外相は7日、イスタンブールで中国のウルムチで発生した暴動に対して、痛みと配慮を示しており、「中国政府はできるだけ早く犯罪者を取り締まり、現地の平和と安定を回復させることを希望する」と述べました。

 ベトナム外務省の報道官はこの日、「ベトナムは中国の新疆ウィグル自治区のウルムチで発生した暴動事件に注目している。新疆の社会秩序を回復させるために、中国政府はすでに適切で効果のある措置を講じた」と語りました。

 フィリピンの新聞紙「世界日報」は8日論説を発表し、「世界ウィグル会議は今回の暴力事件を画策して、民族の団結を破壊しろうと企んでいる。これらの不法分子は法律の処罰を受けるべきだ」としています。(Katsu/金井)

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中国、治安部隊を大動員…ウイグル族は脱出の動き

(2009年7月9日03時07分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090709-OYT1T00018.htm

 【ウルムチ(中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区)=牧野田亨】ウイグル族と漢族の対立が続く中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで8日、ウイグル族住民がウルムチからの脱出を始めた。

 区都の人口で圧倒的多数を占める漢族住民が7日にウイグル族の商店を襲撃し、情勢が一層悪化する懸念が高まったためだ。中国公安当局は武装警察部隊などを大量動員し徹底した鎮圧に乗り出しており、現地は緊迫した状況が続いている。

 複数のウイグル族住民によると、ウルムチ脱出の動きは8日朝から始まった。ウイグル族居住区に近い市中心部南端の長距離バスターミナルは、大型トランクなど多くの荷物を抱えたウイグル族住民でごった返した。ウルムチ駅に向かう住民もいるという。主な避難先は出身地や親類がいるカシュガル、アクスなど同自治区南西部の都市。あるウイグル族男性は「不安でたまらない」と話した。

 公安当局は8日早朝から、漢族が多い市中心部北側と、ウイグル族居住区との境界である人民路を中心に大量の治安部隊を配置した。中央政府幹部として初めて孟建柱・国務委員兼公安相が8日、ウルムチに入り、陣頭指揮をとった。香港メディアによると、人民解放軍も動員された。

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ラサの時は事件後すぐにデモに参加したチベット人を逃がさないようにと、チベット人の移動は遮断されたものだが、今回は「出て行くなら出ていけ」なのでしょうか?

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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