チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2009年2月20日

ナンパ・ラへ第4日目

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第4日目、アーリヤ(Arya)ーーー>ルナック・ダラムシャラ(Lunak Dharamshala)
5090m

lunak dharamushala
今日からいよいよ氷河地帯に入る。と言っても、ルナックまでは氷河のサイド・モレーンという側道を行くことがほとんどで道は楽と言える。それでも、今日は高度を700m近く上げるので息は相当苦しくなってくる。

アーリヤから今までの二頭のゾッキョに代わって二頭のヤクが荷役としてお供することになった。これから先の高地ではゾッキョでは難しく、寒さと険しい道に強いヤクに変えられたのだ。もっともこの二頭のヤクには角がない。この生まれつき角のないヤクは「ヤー・ウリ」と呼ばれる。「坊主ヤク」とでも訳せようか。

ガワンが「今日からヤー・ウリといっしょだ。ダライ・ラマ法王もチベットを逃れてヒマラヤを越えたときはヤー・ウリに乗っていたんだよ。角があってはもしものことがあるからな。大事な人にはヤー・ウリがお供するのさ」と解説する。

そのころちょうど目の前にチョー・オユーが見えていたが、ガワンが「チョー・オユーは本当はジョオ・ウリと呼ばれてた。角がないからな」とも言ってた。
ジョオとはラサのジョカンの本尊であるチベットでもっとも御利益の有るとされるブッダ・シャカムニの像のこと。ということは坊主のシャカムニということになり、意味ないようにも思えましたが、確かにチョー・オユーはチョモランマに似て険しい角は生えてないのではあります。

ヤクにはそれぞれ名前が付けられているものだ。
一頭は口元が白く、角がないので「セラウリ」。二頭目は額が白くて角がないので「カワウリ」と呼ばれている。だいたいヤクの名前は頭と尻尾の色によって付けられることが多いそうだ。

map 1
ここでもう一度、地図を載せます。大きくしてみると解り易いです。

地図上右下端がNamuche Bazar。左手上がナンパ・ラです。
凡そ片道40~50キロの行程でしょう。

二枚目はN2くんが即席に作ってくれた、より解り易い略図です(アップできませんでした)。

アーリヤを出て数時間後、一度氷河を渡る。これは最初の難所だった。道は崩れやすく、アップ・ダウンの連続だ。氷河の至る所に丸い氷河湖があり、その周りはほぼ垂直に落ちる壁だ。落ちるとまず助かる見込みはない。ガワンの唱える経文の声も大きく成りがちだった。
私もいつからかマントラを唱え始めていたが、登りになると自然に声が大きくなる。
それも
観音の真言のオーマニペメフーンより、仏の力の象徴とされる金剛手のオームバジュラパミフーン!とか、かつて五体投地とともに沢山唱えたバジュラサットヴァの百字真言とかが力が入りやすく良いようだった。真言を唱えることは精神状態改善と共に大きく息を吐くので高山症状緩和にも大いに効果があることは間違いない。
ガワンはニンマ派なのでパドマサンババの真言オームアーフーン・ベンザグル・ペマシッディフーンが多いようだった。

この真言だが、私は今回は観音の真言のオーマニペメフーンを唱え始めると、必ず胸がつまって涙が出そうになってくるのだった。きっとこの難路を越えていた何万人というチベット人の多くはこの真言を唱えながら歩き続けたに違いない。
時には、吹雪の中生死を彷徨いながら唱え続けたものもいたであろう。今までに無数の羊が死に、ヤクが死に、人も死んでいった。
ガワンも峠近くの氷河には何人もの子供の死体が埋まってる、と言っていた。
ひどい吹雪になれば3,4時間でも人は死ぬことがある。そうでなくても峠で二日雪が降り続けばヤクでも死ぬ、と。

神・仏に見える雪山に囲まれ、この氷河にはいったいどれだけの死体が凍りづけになったまま埋まっていることだろう。
何百年、何千年の後、氷河絶端部から吐き出されることであろう。
このナンパ氷河はヒマラヤでいちばん悲しい氷河に違いない。
美しいチベットを捨ててどうしてこんな厳しい峠を越えなければならなかったのか。
悲しいことだ。

途中の小高い丘にはラプツェがあり沢山のタルチョが結びつけられていた。ガワンは自分のタルチョを結びつけながら、長いお経をあげていた。

lunak
ルナックには4時頃着く。ここには二件の岩屋があった。

ルナックの岩屋の中
峠を越えてきた者が初めて屋根の下で寝れるところと言う。でもその中を覗くとヤクの骨ばかりが散らばる不気味な空間だった。
我々は外にテントを張った。

靴とヤク
テント場の周りには打ち捨てられた靴が目立った。子供の靴が多かった。何故、靴が残されているのか解らなかったが、それらは亡命チベット人たちの残したものには違いなかった。

難民の子供の靴ボロボロになって捨てられた靴を見てるといろんなことに思いが巡った。

夕日のジョオ・ラプサン
夕方、正面に見える、美しいジョオ・ラプサンが夕日に染まった。

今日からは一日二食。それも朝はムスリに乾燥ナッツを加えたもの。歩いた後の夕食はラナ・ヌードルという即席ラーメンだけだ。
気温も朝晩はー20度を切るほどになった。
N2と二人で小さなテントに寝るが、高度のせいか眠れない。その上にN2のいびき、タバコ吸いの咳(N2こんなこと書いてごめん)、年寄り私の、冷えからくる夜中の小水とかで、その夜はほとんど眠れなかった。
少し寝てもそのたびに、あまりにヴィヴィッドな夢を見るので寝た気がしなかった。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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