チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2008年12月28日

<チベットの真の自治のためのメモランダム>全文

Pocket

dcce2a6a.jpg12月25日付でDIIR(情報相)を通じて亡命政府首相サンドン・リンポチェからNew YearのGreetingメールが送られてきました。

これは、この前の「チベット支援国際会議」の出席者全員に送られたものと思われます。

参加者への(遅れて済まないという)感謝のあいさつの後、内閣府としてTSG(チベット支援グループ)に対し、特に以下の二つのことに対し緊急に行動に移されんことを希望する:

1、中国人と交わること(Reaching out to the Chinese people)。

2、亡命政府が中国政府に提出した<チベットの真の自治のためのメモランダム>を広報すること。

とありました。

そこで、以下にダライ・ラマ法王日本代表部事務所が12月17日に翻訳された
<メモランダム>を転載させて頂きます。
http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/081116_autonomy.html

少々長いのですが、重要な資料ですので、プリントアウトなどされてじっくりお読みください。もちろんもうすでにお読みの方も多いかと思います。その方々はさらなる広報にご協力ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案>

ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

2008年11月16日    チベット亡命政府

1. はじめに
2. チベット民族の単一性に対する尊重の必要性
3. チベット人の希望
4. チベット人の基本要求事項ならびに自治の必要性

1. 言語
2. 文化
3. 宗教
4. 教育
5. 環境保護
6. 天然資源の使用
7. 経済発展ならびに商取引
8. 公衆衛生
9. 治安維持
10. 地域における移民制限の条令の制定
11. 諸外国との文化・教育・科学・宗教的交流活動の 許可

5. 中華人民共和国内のチベット民族の統一の必要性
6. 自治とその基本的な骨組み
7. 将来的な立場

1、はじめに

 2002年、中華人民共和国の中央人民政府との直接連絡ルートが再開して以降、ダライ・ラマ第14世法王の特使と中央政府の代表者との間で協議が行われた。当方より、チベット人の要求事項を明確に伝達した。双方に有益な中道的構想こそが、中華人民共和国憲法の主旨に反さない、チベット民族にとっての実質的な自治を得るための方法であり、それはチベット・中国の双方にとって、暫定的な観点からも、長期的な観点からも、相互に利益をもたらす基礎となるものである。我々は分離独立を争点としないことを明確に約束し、名実を共にする自治が行われることで、チベットにおける苦悩や騒乱を回避することを目指している。これは中華人民共和国憲法に示されている自治に関する趣旨に完全に合致するものである。チベット民族ならびにその文化を総じて保全することは、すべての人類にとって、特にチベット・中国の両民族にとって有益なことである。

 去る2008年7月1日・2日、第7回目の会談が行われた。その席で、中国人民政治協商会議副主席、杜青林・中央統一戦線工作部長は、ダライ・ラマ法王側がチベットの安定と発展のためにどのような前向きな構想を持っているのか、それを示して欲しいと仰った。また朱維群・中央統一戦線工作部常務副部長は、我々が主張している自治の範囲およびその形式に関する具体的な要望を明言し、中華人民共和国の憲法に反さない地方自治に関する見解を伺いたい、と仰った。

 これを受け本草案では、我々がもっている自治に関しての実質的立場、中華人民共和国憲法の自治の主旨に対する我々の理解、その立場での政策施行が、チベット人の要求を満たすことが可能であることを明らかにしたい。ダライ・ラマ法王は、チベット人の基本的要求事項は、中華人民共和国の内部で実質的な自治(実質的自治とは何を意味しているのかについては後述する)を行うという方向性で実現可能であると確信なさっておられる。

 中華人民共和国は多くの民族が集合した国家であるがゆえに、諸外国と同様に、少数民族に対し自治権を与えることで民族自決権を付与している。中華人民共和国憲法では、自治または独立行政自治に関しての基本原則が定められている。それらの目的はチベット人の要望に合致したものである。民族による地方自治を行う目的は、大漢民族主義と地方民族主義との両者を排斥することで民族弾圧と民族分裂の両方を回避し、各居住区域における自治権を享受させることを通じて、少数民族およびその文化の保護を保証することにある。

 我々の理解では、憲法で定められる自治の本旨の範囲内で、チベット人の要求事項は基本的に実現可能である。憲法では、特定の重要事項については、特定の国政機関が自主的に管理し得る特別な権利を与えている。チベット人に固有の特徴に見合う名実を共にした自治が続行されるためには、これらの特別な権利を行使する必要がある。それを行使する際に、チベット民族の需要ならびに特性に合致させるため、いくつかの自治に関する法令を改正もしくは修正しなければならない可能性もあるだろう。しかしながら双方がより高い志をもって望むのであれば、憲法に示される自治の本旨により、現在の問題は解決可能なのであり、そのようにすることで、国家の統一、安定、チベット民族と他の民族との間での友好な関係を構築することが可能となるのである。

2、チベット民族の単一性に対する尊重の必要性

 現在の行政区分とは無関係に、すべてのチベット民族は一つの少数民族に属している。チベット人を単一のものとして必ず尊重していただくよう要請する。これは憲法に示される、民族の地方自治という思想、目的、基本方針であるだけではなく、すべての民族を平等に扱うという発想の基本となるものである。

 チベット民族は、言語、文化、思想的伝統、風俗風習の点からも単一民族なのであり、単一の主体性を持っているという事実については、いまさら論じるまでもまい。
 チベット民族が共通の歴史をもち、過去において政治ならびに行政上分断された時代が存在しなかったことを考慮しなくとも、宗教、文化、教育、言語、生活習慣、土地環境の点からも、連続した単一性を保有し続けてきたのである。居住地域の観点でも、チベット民族は、チベット高原のなかで分断なく遍在的に居住してきたのである。数千年前からチベット人は、チベット高原に居住している。つまり、チベット人はチベット高原の原住民である。憲法で示される民族地方自治の本旨に合致した事実として、チベット人は、単一民族としてチベット高原全域に遍在して居住しているのである。

 これらのことを根拠として、中華人民共和国は、チベット民族を55の少数民族の一民族であると認定しているのである。

3、チベット人の希望

 チベット民族は、独自の歴史、文化、精神文化を豊富に保有している。それは人類の貴重な文化遺産の一つである。チベット人は、祖先代々伝わってきたこうした遺産を保護することを望んでいるだけではなく、21世紀に求められるものに対応するため、自らの精神文化や風習をより発展させたいと望んでいる。

 多民族国家である中華人民共和国の一部分として共存することで、チベット人にとっては、著しく発展しつつある国内経済や科学技術の恩恵を享受することができるのであり、我々はこの発展過程に参画し、統一結束することを望んでいる。同時にチベット民族の有する固有性、文化、本質を失わないようにする必要があり、古来チベット民族が集落を形成してきた失われやすいチベット高原の自然環境を危機的状況に陥らせぬ対策を施すことを望んでいる。

 チベット民族の状況が、特殊な性質をもっているという認知は、既にこれまでにも存在しているものである。17ケ条の協定をはじめ、歴代の中華人民共和国国家主席の談話やいくつかの政策にもそれが示されてきたのであり、その通りにチベット人が行使できる自治の状態ならびに枠組みを保証する原則を遵守していただきたい。憲法でも、少数民族の特性ならびに要望に相応しい柔軟な対応をとるべきという、基本的な考え方が定められている。

 ダライ・ラマ法王は、中華人民共和国という枠組みのなかで、現在のチベット問題に対する解決策がもたらされることを望んでおられ、そのことをはっきりと断言なさっておられる。ダライ・ラマ法王のこのお立場は、トウ小平前国家主席が“チベット問題に関しては、独立以外のすべての事項について協議することで解決できる”と強調されたことに完全に合致したものである。我々は中華人民共和国の領土保全を尊重しているからこそ、我々の希望として、中華人民共和国のなかでのチベット人の統一と実質的自治権が中央人民政府によって承認され、それが全面的に尊重されることを希望しているのである。そしてこれは、我々との間での見解の相違を解決する基盤であり、中華人民共和国の民族団結と調和と安定がもたらされる礎となるものである。

 チベット民族の独自性の発展には、世界各国また特に先進国の歩調に見合った経済・社会・行政の発展計画が、チベット人自身の特性を尊重保護することを通じて行われる必要がある。そしてそれが実現するためには、チベット人による行政ならびに自治の行使権が認められなければならない。しかもそれがチベット人自身の需要、特性、優先順位に合致するためには、チベット民族が集まり居住している全域に及んだ施行がなされる必要があるのである。

 チベット民族ならびにその文化は、チベット人自身以外の他の何人によってもそれを保護する術はない。したがって、チベット人自身が互いに助けあい、自らの発展を自己責任にて行い、自治行政運営を行うべき部分と、中央政府・省・区の側から、チベットに対して利益をもたらす支援や指導を行う部分とに、均衡なバランスを構築することが重要である。

4、チベット人の基本要求事項ならびに自治の必要性1、

言語

 言語は、チベット民族とは何かを定義する最も重要な特性である。チベット語は、チベット人の会話の言語の中心であるだけではなく、我々の文学、宗教的著作物、歴史書、逸話、さらには科学に関する著述といったすべてのものが、その言語で記されている。チベットの口語ならびに文語は、サンスクリット語と同等な高度な文法学的規則を有しているだけではなく、サンスクリット語からチベット語に翻訳する際にも、語意を誤ることなく、正しく翻訳することが可能な唯一の言語である。だからこそ、世界のなかでも最多かつ最良の翻訳文献であるだけではなく、最も豊かで多くの文献を保有するものであるという説を唱える学者もいる。憲法第4条には、すべての民族が独自の口語ならびに文語を使用し発展させるための自由と保証がなされているのである。

 チベット人が自らの言語を使用し発展させるためには、チベット語すなわちチベット人の口語と文語を公用語とし、それを尊重する必要がある。同様に、チベット民族の自治地域の公用語には、チベット文字を使用する必要がある。この考え方は憲法第121条で柔軟に認められており、「民族自治地方の自治機関は、当地で通用している一種類あるいは数種類の言語や文字を使用する」と定められている。民族区域自治法第10条でも「当該地方の民族はすべて自己の言語を使用し発展させる自由があり、それが保証されている」と明記されている。

 チベット民族の地域での公用語をチベット語とすべきであるのと同様、民族地域自治法第36条では、自治区域の行政機関には、教育に関して、教育で使用する言語および学級制などの決定を行うことのできる権利が定められている。これらの意味するところのものは、教育を行う際に使用するべき言語としてチベット語が使用されるという原則が認められているということなのである。

2、文化

 民族区域自治を行う基本的な目的は、少数民族の文化を保護するためにある。そのために、中華人民共和国憲法第22条、第417条、第119条、ならびに民族区域自治法第38条では、文化を保護するべきことが定められている。チベット人の文化とは、チベット人の宗教、伝統、言語、民族と密接に関係しているのであり、現状ではその文化は様々な形で重大な危機に瀕している。チベット人は多くの人口を抱える中華人民共和国と共存しているのであるからこそ、憲法に定められるものに相応しい形で、チベット人の固有の文化が保護されなければならない。

3、宗教

 宗教はチベット人の基盤となる重大な関心事であり、仏教は、我々そのものと密接な関係にあるものである。宗教制度と行政制度とを区分することが重要であることは、我々も認めるが、それを理由に、宗教に対する信仰を有する人々の自由と宗教生活を毀損しないようにしなくてはならない。チベット人にとって信教の自由や思想の自由がないということは、その限りにおいて、個人もしくは民衆としてのそれ以外の自由については考えることすらできないのに等しい。憲法では、宗教そのものおよび信仰に入るかどうかの入り口を保護しなければならないことの重要性を確認している。第36条においては、国民すべてに宗教信仰の自由権が保証されており、如何なる者であっても、個人に対して、宗教を信仰したり信仰しなかったりすることを強制してはならないこと、すべての宗教に如何なる差別もしてはならないとしている。憲法のこの考え方を国際的な標準に照らし合わせて述べるのであれば、信仰の仕方や実践の仕方というものもまた、宗教信仰の自由の範囲内にある。この自由のなかには、宗教的伝統に基づいた僧院の運営および僧院教育の実施、出家者の僧侶・尼僧の人数・年齢を宗教上の教義に基づいて入門・在籍させることができることや、大衆に対する説法会や灌頂会などが行われる場合に誰でも自由にそれに参加できる、といったことも含まれている。したがって、宗教の一般的な事項である、師弟関係、僧院の運営、化身ラマの認定といった領域内部まで、国家が干渉すべきではない。

4、教育

 中央政府教育部と連携し、チベット人自身の教育制度を構築する必要と、それを運営する必要がある。このチベット人の要求は、憲法に定められた教育に関する主旨に裏付けされている。科学技術の発展のためにも、協働参画する必要性についても、また同様である。現代の国際社会における科学の発展に対して、仏教における精神分析哲学や理論、宇宙観、認知論などが大いに貢献することは徐々に広く認知されており、我々も同様に考えている。

 憲法第19条では、国民に教育を与える援助の責務を国家が果たすべきこと、また第119条では民族自治地域機関が当該地域の教育方針を自主的に決定しなければならないことが定められている。民族地域自治法第36条でも同主旨である。

 これらの決議の方法について自治権の行使範囲が不明確であると強調しておきたいが、チベット人にとってはチベット民族の教育に関して、名実を共にする自治権の行使が必要となる。そしてそのようにするべきことは、憲法に示される自治の本旨に合致している。

 科学技術の発展には協働参画したいということもまた、憲法第119条、ならびに民族区域自治法第39条で、自治地域における科学技術を発展させるべき権利が明白に確認されているものである。

5、環境保護

 チベットは、アジアの主要な大河川の水源である。同時に、世界最高峰の山や、人類がいまだかつて触れたことのない鉱物資源、森林資源の豊富な広大な土地であり、世界で最も標高の高い場所でもある。

 そのような環境を保護してきた伝統は、チベット人たちが人間と動物とを区別することなく、すべての生物を害することなく、暴力を振るうことなく、他の生物の命を尊重してきた伝統によってもたらされたものである。チベットという独自の自然環境を消費してしまわないようにすることは、重要な課題である。

 今日では、チベットの往古の環境は、取り返しのつかないほどに破壊されてしまった。その影響は、草原、農地、森林、水源、山岳動物などにはっきりと及んでいる。

 このようになったからこそ、民族地域自治法第45条ならび第65条の下で、チベット古来の環境を保護する伝統に合致した環境保護政策を作成し、それを施行するための権利を付与する必要がある。

6、天然資源の使用

 憲法ならびに民族地域自治法では、自然環境や天然資源の保護管理に関しては、自治地域の自治体組織が部分的に担当するべく信託されている。(民族区域自治法第27条、28条、45条、66条、ならびに憲法第118条では、民族地域自治の利益を考慮すべきことが認められている)民族区域自治法は、自治地域において草原および森林を保護し増加させるべきことの重要性を確認し、(第27条)「法に依って自地方の天然資源を管理、保護し、法律の規定と国の統一的計画に基づいて、自地方が開発できる天然資源を優先的かつ合理的に開発、利用する。」と定められている。(第28条)

 土地の所有権は、天然資源や税ならびに収益を拡大させるための基礎である。しかるに国有地以外のすべての土地に関して、合法的な賃借権もしくは譲渡権が自治地域民族のみに限定的に付与されることは極めて重要なことである。また同時に、国家の発展計画に応じて、自治地域における自律的な発展計画を建て、それを実施することができる権利が付与されることも必要である。

7、経済発展ならびに商取引

 チベットの特定地域の経済発展は確実に必要である。経済面でチベット地域は中華人民共和国の中で最も後進している一地域となっている。

 憲法では、自治地域において地方の特性と需要に適した経済発展がなされるべきことを重視すべき見解が確認されている。(憲法第118条、民族区域自治法第25条)同様に、通貨規制や保護をもなすべき自治の考え方も認定されている。(憲法第117条、地域区域自治法第32条)それ以外には、特定の自治地域の発展を促進するために、国家による財政支援と援助を行う必要があることも確認している。(憲法第117条、民族地域自治法第22条)

 同様に民族地域自治法第311条では、チベットのような他の国家に隣接している自治地域は、外国との交易や、国境を商用で往来可能であることが明記されている。他の国家と文化、宗教、民族、経済の面で共通した特質を有しているチベット人にとって、この考え方は極めて重要なものである。

 中央政府およびいくつかの省の支援が行われることは暫定的には有益であるが、長期的にみると、チベット民族単独では生活できず他者に依存しなくてはならないことになる。そうなればその欠点は大きなものとなる。よって、チベット民族が自分自身で生活できるようにすることも、自治の重要な目的である。

8、公衆衛生

 憲法では、保健ならび医療に関する医療施設の整備を国家が担うべきことが示されている。(憲法第21条)憲法第119条では、それは自治地域機関にその責任が付与されている。民族地域自治法(第40条)では、地域民族自治の自治体は、自らの決定権によって、当該地域の保健ならびに医療に関する計画、ならびにその発展を行う計画を作成することについて、現代医療ならびに民族の伝統的な医療を発展させるべき権利を確認している。

 上記の法令の主旨のもと、地域自治体の行政府には、チベット人すべての健康に関する要求を満たす施設と能力が必要である。同時に伝統を混在させるのではなく、伝統的なチベット医学および暦学の実践を普及し発展させ得る権利を有していることが必要なのである。

9、治安維持

 民衆の治安に関しての重要な決議ならびに治安維持は、当該地域の伝統ならびに風習に通じている者をより多く配備することを尊重することが極めて重要である。

 自治ならびに自治行政運営を行う者の重要な務めとして、民衆に施行される条令ならびに自治区の安全を考慮しなくてはならない。憲法第120条および民族区域自治法第24条で「民族自治地方の自治機関は、国家の軍事制度ならびに当該地域の実際の需要に照らし合わせて、国務院の批准を経て、当該地域の社会治安を維持する公安部隊を組織できる」と自治区域の治安維持を行うための権限ならびにその部分的行使の重要性を確認している。

10、地域における移民制限の条令の制定

 民族区域自治法の基本目的は、少数民族とその文化・言語などを保護し、自らの居住地域を自主的に管理させることにある。しかしもし、少数民族の居住地域に漢族やその他の多数民族を大量に一気に移住させたり、移住を促すのならば、それは民族地域自治法の目的ならびに主旨を無きものとすることになるだろう。これらの人口移住は、地域における人口比率に大きな影響を及ぼし、それによりチベット族は、漢族と団結一致するのではなく、その代わりに自らの独自の文化や民族を徐々に絶滅させてゆくことを通じて、チベット人を大漢民族に融和同化させている。同時に、チベット民族の居留区域に、漢族ないしは他の大量の民族を移住させることは、民族区域自治を行使するべき必然性に対して根本的な変化をもたらすものである。何故ならば、“少数民族の集合地域”と呼ばれて示されている自治が行使されるべく憲法で定めている地域の基準は、人口移住によって変化し、かつ無視されるからである。もしも、こうした人口移住を制限せずに、今後もその政策が継続されるのならば、チベット民族は、将来的には、“集合”している状態ではなくなり、そのことによって憲法が基盤としている民族地域自治の権利が無きものになる。このようなことを行うならば、民族問題に関する憲法の構想を直接破棄してしまうこととなる。

 中国国内でも地域住民の往来ならびに移住を制限した先例はある。自治機関には移民を制限するための権利は、極めて僅かなものが与えられているのみである。我々の考えでは、自治の原則を尊重し、その施行が有益なものとなるためには、特定の自治機関には、中華人民共和国の他の地域からチベットへの移住に関して、居住者、一時的な居留者、就労者、経済活動の追求などに関しての条例を制定する権利が必要であり、それは極めて重要なことである。

 これらはチベットへの永住、長期滞在を行っている者を、他の地域へと排除したいという動機によるものではない。我々が懸念しているのは、漢民族をはじめとする他の民族の大量移住を促すことによって既存の社会が変化し、チベット人が少数派となり、極めて失われやすい自然環境に危機を及ぼしているというこれらのことなのである。

11、諸外国との文化・教育・科学・宗教的交流活動の許可

 自治の主旨にもとづいて、文化、芸術、知識、科学、公衆衛生、スポーツ、宗教、環境、経済などの分野について、中華人民共和国の他の民族ならびに自治区および主要な省との交流や提携などをすべきことが極めて重要であることは言うまでもないが、外国とも相互に交流する権利が有ることは、民族区域自治法(第42条)で認められている。

5、中華人民共和国内のチベット民族の統一の必要性

 以上述べてきたチベット人の基本要求についての自治の施行を、チベット人に共通する民族、文化、宗教的な伝統を保護し発展させることを通じて発展させるために、現在の中華人民共和国によって自治地域として与えられているチベット民族の区域すべてを単一の自治機関の下におく必要がある。

 現行の自治区分は、チベット人を中華人民共和国の区および複数の省のなかで運営させるものであるが、それによって分断されており、地域の発展にも格差の原因を生み出している。同様にチベット人の共通した民族性、文化、宗教的な伝統が保護され、発展してゆく可能性を低下させているのである。この政策は、民族の単一性を尊重する代わりに、民族を分裂させ、チベット民族の単一性そのものを障げる原因となっており、自治の主旨を顧みずに無きものとしているのである。少数民族のなかでも主要なウイグル族やモンゴル族は、大多数はそれぞれ一つの自治区内で運営を行っているけれども、チベット族は、単一の少数民族ではない多民族であるかの如く扱われているのである。

 現在の異なった自治状態の下にあるチベット族をすべて一つの運営体に帰属させるべきであることは、憲法第4条に示される主旨に完全に一致するだけではなく、民族区域自治法の第二条でも「それぞれの少数民族が集団生活を行っている特定区域が区域自治を実行する」と述べられている。民族区域自治法では、民族地域自治制度は、民族の重要事項を決定するために共産党が決定した基本政策であり、また、 民族区域自治とは国の統一的指導の下で、各少数民族が集まり住む地方が区域の自治を実行し、自治機関を設立し、自治権を行使することである。民族区域自治の実行は、国家が少数民族を尊重しその権利を保障し、各民族がその内部の事務に関する権利を有するという精神を具現するものであり、国家が各民族の平等、団結、共同繁栄の原則を堅持することを具現するものである。『民族区域自治法』序文 と制定されている。

 中華人民共和国のなかで、チベット民族の自治を行使する権利がすべてのチベット民族に有るのならば、有意義な実質的な自治がもたらされることは明らかである。

 民族区域自治法には、民族自治の区域に変更を加える必要が有り得るという見解が確認されている。憲法で示される自治の基本構想をもとに、チベット人の単一性を尊重しなければならないというこの要求は、完全に合法的なものであるだけではなく、そのために運営体に変更を加える特別な必要性もまた憲法の主旨に違反することはないし、実際にそのようになされた先例もあるのである。

6、自治とその基本的な骨組み

 このような名実を共にする自治が現在行われていないこれらの事項は、チベット人が、自治ならびに自主的行政の自主運営を行うための如何なる基準、方法を享受するかどうかに依存している。それゆえ検討しなければならないことは、チベット民族の特殊な性質と基本要求に見合った自治に関する法令を作成し、それを施行することにある。

 実質的な自治権の行使には、チベット人に対して、その需要と特性に見合った地域行政府や行政機構を設置できる権利が有るということも含まれる。自治区の人民代表大会には、すべての地域の事項 (既に述べた自治の内容)に関する法令を制定できる権利が必要であるし、その他の特定の自治行政機関にはその行使権ならびに、自由裁量権が必要となる。中央政府の国家計画に関する各決議の際に代表者が参加可能であり、それらの重要な決議の一部を担えることもまた自治に含まれるものである。自治が組織的に実行されるためには、意見をまとめるプロセスが、相互に一定の能力をもち、相互関係し、共通の利益および関連事項については、中央行政府と地方行政府の両者が均衡状態を保ちながら決議を行えるという手法が採用されている必要がある。

 名実を共にする自治に最も必要な条件は、憲法ならびに関連法令で定められる地方自治権ならびにその責任を、どちらか一方が一方的に無視したり、改変することができないことを保証することにある。それはつまり、中央政府と自治地域行政機関との双方が、いづれか一方の承諾を得ることなしに、一方的に特定の自治の基本条件について変更することが許されないということを意味している。

 チベットならびにチベット民族の特徴、需要に見合った実質的な自治が施行される範囲ならびに、その特性については、憲法第116条 (民族区域自治法第19条にも定められる)で示されている条件をもとにした、自治の実行に関する条例に詳しく定めなければならない。可能であれば、そのために別途法令を定めることもできる。憲法第31条をはじめとする憲法では、国家の社会・経済・政治機構を鑑みて、チベットのような特殊性をもったものには、その特殊性に見合った柔軟な対応をしなければならないという項目が定められてもいる。

 憲法第3章第6節では、民族地域自治機関は、自治行政権ならびに立法権が有ることを確認している。そしてそれに基づいて、憲法第116条(民族区域自治法第19条にも示される)では、当該地域の民族の政治、経済、文明の特性をもとに、自治法令を裁定することのできる権利について記載されている。それに対応して、憲法では、多くの事項についてその運営は自治によって実行するべき権利 (憲法117条から20条まで)ならびに、自治機関は地域の需要に合致するために、上位の中央政府ならびに国家機関の法令ならびに政策に関して、各地域の実情に見あう柔軟な対応をするべきことが確認されている。 (憲法第115条)

 これらの法令で定められる条件により、自治機関の裁量権を脅かす決定がなされる場合があったとしても、憲法では、自治機関には、地域の需要と見合った法令を制定し、政策を決定しなければならないという主旨が認められているだけではなく、それらがそれ以外の中央行政機関による決定とは異なる場合も可能であるということが明示されているのである。

 我々がはっきり述べるように、チベット人の要求は、憲法で示されている自治の構想と柔軟に合致したものである。しかしながら実際の実行に関してはこれらの構想が実現するために、今日さまざまな問題がそれを妨げ、不可能にしているのである。

 実質的な自治を実行するためには、たとえば権力を分散し、中央政府と自治地域行政機関との両者にここの事項についてそれぞれ明確な責任分担をすることが必要である。現在はそのように明確でないだけではなく、自治地域の条例を制定権の範囲が定まっておらず、大きな障害が継続的に存在している。それゆえ、一方では、憲法で自治地域に多くの事項について法令を制定できる特別な需要を認めているにも関わらず、それらを憲法第116条の下で、最高の中央行政機関である全人民代表会議による批准を得る必要が有るので、それがこうした自治の主旨を実行するための障害を生み出しているのである。事実そうした批准を必要としていると定められているのは、自治区の人民代表大会だけである。中華人民共和国の各省の(自治地域以外の)通常の人民代表会議にはそのような批准は必要ではなく、制定する諸条例は、全人民代表大会で記録するために、単に報告する義務が課せられているのに過ぎない。(憲法第100条)

 自治の実施に関しても、憲法第115条の下に、多くの法令や条例に合致しなければならないように定められている。いくつかの法令は自治地域の自治の強い障害となるものも制定されており、またいくつかの法令は相互に矛盾しているものも有る。それゆえに、自治権の本来の基準が一体何なのか明確ではないし、何らの規定もなされてない状態となっているのである。何故ならば、上位国家機関が法令や条令を制定し、最終的には政策変更した等といった一方的な変更が為されている。中央政府と地方政府との間で、自治の範囲ならびにその実行範囲について見解が相違しているのならば、それらを決定する手段や協議調整する方法は全くないことになる。実際的な状況について明瞭な規定がないというこのことは、地方の権利を担当する者がその業務に責任を負うために障害となっているのであり、現在チベット人にとって実質的な自治を行使する際の障害を生み出している。

 現在の状況で、我々はこうした事項や実質的な自治を行使するために、チベット人の抱えている苦難を詳細に説明したいとは思わないが、将来的な協議を行う際には、状況に則した決定がもたらされるために、これらのことを一例として申し上げたのである。我々は今後も継続して、憲法と関連法令を学んでいきたいと考えているし、しかるべき時期になれば、我々が知る限り研究した結果を提供申し上げるつもりである。

7、将来的な立場

 この草案の冒頭に明記したように、我々チベット人の要望しているものは、中華人民共和国の憲法に定められる自治の主旨と合致していることを確信している。我々の目指すものは、これらの需要が中華人民共和国の枠組みのなかで何故実現できていないのかということを協議するというこのことにある。ダライ・ラマ法王が繰り返しおっしゃっている通り、我々には隠蔽工作など何もない。実質的な自治を行うことのできるどのようなシステムが構築されようとも、それは中華人民共和国から分裂しようとするための階梯として利用するということを目指すものでは決してない。

 亡命チベット行政府は、チベットの民衆の利益とチベット人の実際の要求を代弁するためのものであり、我々との間で上記の諸項目に関しての制度が整えられれば、それ以降は無用となるので、即刻解散することになっているものである。事実、ダライ・ラマ法王は、未来において政治的な名分を何ら受託しない旨を既に決意されていることを何度も強調なされておられる。しかしながら、ダライ・ラマ法王は、そうした制度を享受することを必要としているチベット人が支援を得るために、法王ご自身の個人的な能力すべてを使われる御積りでいらっしゃる。

 これらを確約し、本草案の次なる一歩として、本草案に明記した事項について、有意義な協議を開始できるよう信じているし、その意思を共有することを望んでいる。そのための我々双方が信頼するに足り得る方法、そのプロセス、タイムテーブル案を添付するので、今後の協議で最終結論に達すことが可能となるよう強く望んでいる。

※チベット語より全文を直訳、再掲いたしました(2008.12.17)

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

ちべろぐ

Archives

  • 2018年3月 (3)
  • 2017年12月 (2)
  • 2017年11月 (1)
  • 2017年7月 (2)
  • 2017年5月 (4)
  • 2017年4月 (1)
  • 2017年3月 (1)
  • 2016年12月 (2)
  • 2016年7月 (1)
  • 2016年6月 (1)
  • 2016年5月 (9)
  • 2016年3月 (1)
  • 2015年11月 (1)
  • 2015年10月 (2)
  • 2015年9月 (4)
  • 2015年8月 (2)
  • 2015年7月 (14)
  • 2015年6月 (2)
  • 2015年5月 (4)
  • 2015年4月 (5)
  • 2015年3月 (5)
  • 2015年2月 (2)
  • 2015年1月 (2)
  • 2014年12月 (12)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (10)
  • 2014年9月 (10)
  • 2014年8月 (3)
  • 2014年7月 (9)
  • 2014年6月 (11)
  • 2014年5月 (7)
  • 2014年4月 (21)
  • 2014年3月 (21)
  • 2014年2月 (18)
  • 2014年1月 (18)
  • 2013年12月 (20)
  • 2013年11月 (18)
  • 2013年10月 (26)
  • 2013年9月 (20)
  • 2013年8月 (17)
  • 2013年7月 (29)
  • 2013年6月 (29)
  • 2013年5月 (29)
  • 2013年4月 (29)
  • 2013年3月 (33)
  • 2013年2月 (30)
  • 2013年1月 (28)
  • 2012年12月 (37)
  • 2012年11月 (48)
  • 2012年10月 (32)
  • 2012年9月 (30)
  • 2012年8月 (38)
  • 2012年7月 (26)
  • 2012年6月 (27)
  • 2012年5月 (18)
  • 2012年4月 (28)
  • 2012年3月 (40)
  • 2012年2月 (35)
  • 2012年1月 (34)
  • 2011年12月 (24)
  • 2011年11月 (34)
  • 2011年10月 (32)
  • 2011年9月 (30)
  • 2011年8月 (31)
  • 2011年7月 (22)
  • 2011年6月 (28)
  • 2011年5月 (30)
  • 2011年4月 (27)
  • 2011年3月 (31)
  • 2011年2月 (29)
  • 2011年1月 (27)
  • 2010年12月 (26)
  • 2010年11月 (22)
  • 2010年10月 (37)
  • 2010年9月 (21)
  • 2010年8月 (23)
  • 2010年7月 (27)
  • 2010年6月 (24)
  • 2010年5月 (44)
  • 2010年4月 (34)
  • 2010年3月 (25)
  • 2010年2月 (5)
  • 2010年1月 (20)
  • 2009年12月 (25)
  • 2009年11月 (23)
  • 2009年10月 (35)
  • 2009年9月 (32)
  • 2009年8月 (26)
  • 2009年7月 (26)
  • 2009年6月 (19)
  • 2009年5月 (54)
  • 2009年4月 (52)
  • 2009年3月 (42)
  • 2009年2月 (14)
  • 2009年1月 (26)
  • 2008年12月 (33)
  • 2008年11月 (31)
  • 2008年10月 (25)
  • 2008年9月 (24)
  • 2008年8月 (24)
  • 2008年7月 (36)
  • 2008年6月 (59)
  • 2008年5月 (77)
  • 2008年4月 (59)
  • 2008年3月 (12)