チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2008年8月31日

北京、福島さんのブログより

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cff21659.jpg写真は28日ムンバイの病院に入るダライラマ法王

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27日付の福島さんのブログより
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/692833/

北京五輪 100年の夢の跡に何がのこったか?

■本当は25日にアップする予定だった、五輪総括エントリー。楽しかったね。予想に違わずつっこみどころ一杯の北京五輪でした。個人的に一番うけたのは、体操選手の年齢詐称疑惑について、中国人から極めてまじめに、「中国の地方によっては、実年齢に2~3歳を加える数え方をとるところがある」と説明を受けたことです。たとえば1月某日に生まれ、1ヶ月後に旧正月をむかえるとその時点で、2歳だそうです。本当に農村にはそういう習慣があるそうです。もともと、誕生日も不明で、戸籍のない子供もけっこういる世界ですからね。

■北京五輪 
つわものどもの夢のあと、には屍るいるい。
国際社会の批判の洗礼を受けて
この屍を乗り越えてゆくのだ!

■17日間の真夏の夜の夢が終わった。難癖をさんざんつけた北京五輪だが、正直、競技のさなかは、美しく鍛え抜かれたアスリートたちの熱戦に魅了され興奮した。陸上界を席巻したジャマイカ旋風や、日本女子ソフトボールの鬼神のような闘いぶり、半魚人フェルプス選手の8冠達成など、つくりものでないドラマは、これほど人の心をゆさぶる。五輪開幕式の視聴率が98%、閉幕式が80%以上。会場に足が運べた人は極めて限られていたが、多くの中国人たちがテレビにかじりついて熱狂したのだろう。

■だが、閉幕式で宋祖英とドミンゴのデュエットを聴いたとき、VIP観客席に、老いたかつての最高指導者の姿をみたとき、私は夢から目が覚めた。ああ、北京五輪は、やっぱり共産党の、共産党による、共産党のための五輪(権力者の権力者による権力者のための五輪)であると。莫大な財を投入し、膨大な人民を動員した今世紀最大のアトラクション。ある人が、こう指摘した。北京五輪をみていると、奴隷に闘わせ、皇帝の寵姫を彩りとし、皇帝の権力を国内外にしめすと同時に、市民に享楽を与えるサーカスとなす、古代ローマの剣闘競技を思い出す、と。

■農村からかき集めた子供たちをステートアマ体制で鍛えあげ、競わし、その闘いぶりで観客を熱狂させ、権力者の力を誇示し、民衆の求心力を高め、国威を示した。奴隷出身の剣闘士(グラディエーター)が勝ち上がれば、皇帝に謁見もできる天下の英雄とあがめられるように、貧しい出身の選手も金メダルをとれば国家の英雄の称号と富を与えられる。奴隷は自由のために、農民は貧困からの脱却のために、自らの肉体を鍛えいじめ抜いて勝たねばならないのである。奇しくもあの「鳥の巣」はコロシアムの形にも似ている、と。

■ローマ帝国の滅亡の背景にはコロシアム建造など、大量の土木工事および建造物の維持費がかさんだことによる財政疲弊もあったことをごぞんじだろうか。ローマ帝国を滅亡に導いたコロシアムをモデルにブリューゲルはかの有名な「バベルの塔」を描いたが、北京五輪の閉幕式でも「人間バベルの塔」が現れた。人がその分をこえて天にも届かんとする塔を築こうとして、神の怒りを誘ったという旧約聖書にある伝説の塔・バベル。だから、それがコロシアムににた鳥の巣の真ん中に現れたとき、いわくいいがたい予感にかられたのである。これは予言夢?総合演出を担当した張芸謀監督のブラックユーモア?

■中国新聞社によると、中国はこの7年、五輪ホストの北京市の都市インフラ整備に2800億元かけた。会場建設・拡張費用は総額130億元。うち「鳥の巣」建設は31億元。なんやかんやあわせると、日本円にして5兆円がかかった。ちなみに中国のGDPは2007年24兆6619億元(360兆円)。

■「鳥の巣」はじめ五輪用の建築物は普通の建物より維持費がかかる。鳥の巣だけで、メンテナンス維持費に年間5000万元(7億2500万円)かかる(第一財経日報によれば1億3000万元)。水立方は、屋内の気圧を一定にするために通常の3倍の電気がかかり、維持費に年4000万元前後(6億円)、という推計が報道されている。アテネ五輪の場合、30会場の維持費が年1億ユーロ(162億円)前後というから、アテネも傷は重いのだが、四川大地震の復興や、社会保障整備という重大任務をかかえる13億人口の自称・途上国にとって、その負債の重圧はいかばかりだろう?

■都市インフラ整備、環境整備は北京市民が恩恵を受けることになる。だから、少々金がかかるのも致し方なし、というのが当局側の言い分ではある。地下鉄はじめ交通インフラ整備はたしかに、渋滞を緩和し都市機能を高め、長い目でみれば経済発展に有利に働くであろう。

■だが、世界最高建設費の8億㌦がかかったCCTV新社屋はじめ、金ばかりかかり、必ずしも機能的とはいえない建築物はどうだろう?最高の溶接技術を必要とするCCTV新社屋は、鉄骨をつなぎ合わせる段階でずれが生じ、工期が大幅に遅れたという。五輪までに竣工という目標は達成できず、中身が出来ていない状況で表面のガラスタイルをはって、完成したように見せかけた。

■ある建築の専門家はいう。建築物というのは、工程に手順があり、その順番を変えるだけで、設計通りの強度が保てないことがある、と。こういう造り方をされたビルの耐震性などが心配である、と。ある市民は言う。どうせ五輪に間に合わないのなら、見栄などはらず普通のシンプルなビルにすれば良かったのだ。ずっと安価に機能的に安全なビルが造れ、なおかつ余った分の予算を、四川大地震の復興に寄付でもしたほうが、よっぽど公共の利益に合致する、と。CCTV新社屋は建物の重心が、建物の外にあるという前代未聞の構造物であり、その耐震性に疑問を呈する声も多い。

■五輪期間中、株価は11・8%さがった。下がったのは五輪とは直接関係のない、たとえば、非流通株流通化による株の大量放出への懸念や、企業業績悪化、インフレ懸念など、経済先行きへの不安が主要な原因だが、「五輪祝儀買い」がなかった、という事実は、株民8000万人の心情をあらわしている。彼らの多くにとって、五輪の夢よりも、現実に直面する危機の方が切実、ということだろう。胡錦濤国家主席もPRに訪れた人民日報運営の掲示板・強国論壇は、五輪の話題よりも圧倒的に株と不動産の急落の話題で盛り上がっていた。

■そういった経済の先行き不安や財政面の危うさを隠すかのように、ことさら絢爛におこなわれた北京五輪は、IOCのロゲ会長に「くらぶものなし」と言わしめたが、中身のできていないビルの表面にタイルをはり完成したかのようにみせかけのと同様、開幕式の口パク少女の歌声同様、良いところをつぎはぎし、完璧のようにみせかけるのと同様、「見せかけ五輪」「擬装五輪」ともいわれた。

■さらにいえば、五輪招致時に約束された人権、報道の自由拡大も、表面的につくろうばかりで、その本質は改善するどころか悪化した、という実感がある。デモ専用公園を3カ所もうけ、民主化の推進ぶりを標榜するかとおもえば、実は77件あったデモ申請をすべて却下するだけでなく、デモ申請者を逆に「社会秩序を乱す」として拘束した。一部のデモ申請者は期間中、北京から離れるよう命令された。ネットのアクセス禁止は確かに一部解除され、香港紙や台湾紙がネットで閲覧できた。たが、グーグルの用語検閲は、以前にもまして厳しくなり、使い続けるとIPアドレスの取得を拒否されることもしばしばだった。携帯電話の強制遮断は、信じられない多さだった。中国国内メディアは、五輪マイナス報道を禁ずるとの通達を受け、新華社に準じた報道を強いられた。外国記者の取材を歓迎するという建前とは裏腹に、取材妨害は激しくなり、五輪期間中30件以上の記者の一時拘束を含む取材妨害があった。「フリーチベット」の旗を掲げるなどした10人の外国人が拘束されたうえ、国外退去処分になった。

■列に並ぶといった文明的なマナーなど北京市民にのこした精神的遺産は大きい、と人民日報はうたったが、20数万の動員された市民による「文明拉拉隊(模範的チアリーダー)」の応援は、けっして文明的でなかった。タダ券で一等席を大量に占める拉拉隊の空気のよめない応援こそ、「スポーツ観戦」という楽しみを、真のファン、市民から取りあげた無礼・無粋な張本人だったといっていい。テニスの応援ではサーブのときに「加油!」とかけ声をかけるマナー違反を平気でやり、応援していた自国選手から「シャラップ!」ど怒鳴られるしまつ。しかも、応援側はその選手に逆ギレして、ネットでは罵詈雑言があふれた。

■胡錦濤国家主席は五輪開幕直前の記者会見で、五輪への莫大な投資は、「価値があった」、と高く評価した。だが、宴が終わって、夢からさめると、目の前には屍るいるい、荒涼とした風景が広がっている感覚である。金をかけて作り上げた街並みは張りぼてだし、労力を注いで育てた文明的マナーは付け焼き刃で、株も不動産も下がり続け、上半期だけで6・7万の中小企業が倒産する経済停滞がはじまりつつある。そして国際社会の目からも隠しようもなく露呈した少数民族問題、社会不満の深刻さ。

■五輪閉幕翌日の25日の人民日報はじめ、中央紙の見出しはみんな同じで、
「第29回オリンピック大会北京にて円満閉幕」
「より早く、より高く、より強く楽章をかなで、団結友誼和平絵巻を描いた」と
胡錦濤国家主席の写真つきで報じた。しかし、いち早く夢から覚めた庶民は、これをしらじらしく感じている。強国論壇のには、「まるで文化大革命のころの新聞」と揶揄する書き込みもあった。

■結局、五輪は中国になにをもたらしたのか。膨大な資金と労力を注ぎ、人民を動員し厳しい規制をしき、外国の要人と金持ちと共産党VIPに見せるためだけにお祭り騒ぎをし、合計100個のメダルを獲得しただけ、なのか。

■私はあるベテラン中国人記者に、率直に上記の考えをぶつけてみた。冷静で多様の見方のできる彼はこう答えている。


■「動員と規制の中で行われた五輪は、結局、中国に当初期待されたようなプラスの影響を与えられなかった。しかし、一党独裁の国家が行う五輪は、こうならざるを得なかったことは、はじめから人民も含めて皆、分かっていた。分かっていなかったのは国際社会だけである。

■ただ、中国共産党にとって良かったことは、自ら正しい、すばらしい、完璧だと思って、満を持して実行してきた五輪の準備と運営が、かくも国際社会から叩かれたことである。国内の人民は、党のやり方がおかしい、と思っても、逆らっても無駄という諦観もあり、党のやり方に対し面と向かって罵声を浴びせるものはいない。だが、国際社会には、一般の観光客から指導者にいたるまで批判の声があった。そのことは、中国の指導者にとってかなりショックであったと思われる。とくに、最初の大ショックは、聖火リレーの妨害だろう。

■正直、これほど短期間に、多様な批判を面と向かって受けた経験は初めてである。もし、五輪が中国にもたらしたものは何か、と問われれば、この面とむかった批判の洗礼の経験である。この経験は、すぐに中国を変えることはないだろうが、じわじわきいてきて、あとからみれば、やはり五輪は中国の自由化、民主化、国際化を推進した、と言われるようになるのではないか」

■国際社会からの批判を雨あられと受けた北京五輪。中国はその経験を糧とすることができるのだろうか。そして、夢の跡地に野ざらしになった諸問題に真摯に向き合うことができるのだろうか。北京五輪が中国にもたらしたものの価値は、そのときにやっと判明する。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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