チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2008年5月23日

ロンドン5月22日のダライラマ法王

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先ほどのBBCの速報でどうやらロシアが中国に行って、アメリカに対する核ミサイル防衛で同盟を結んだとか。

二日前にもチベット内にある中国の核ミサイル基地についてのインドの新聞記事を紹介しました。その記事の中にもロシアと中国の関係に言及がありました。

共同軍事演習も済んでいることだし。何だか、冷戦の再来の予感さえしてきます。プーチンとフーチンタオ大変な組み合わせです。もっとも悪者同士そう簡単には友人と言うわけにはいかないとは思いますが。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=21351&article=%22I+am+fully+committed+to+democracy%2c%22+His+Holiness+tells+Foreign+Affairs+Committee+and+others

法王は昨日22日夕方、栄誉あるロイヤル アルバート ホールで講演会を開かれた
議員のノーマン ベーカー氏が「ダライラマ法王はチベット人にとってだけでなく、世界中の数百万人の希望の灯火だ
と紹介し、満場の拍手に迎えられて法王が檀上に上がられた。

「如何ににチベットを支援すべきか?」
との質問に対し法王は、今回のデモの後世界中の人々がこの問題に対する関心とチベット人に対する支援を表明してくださったことに感謝するとおっしゃった後、
一つの現実的な方法は、中国の人々がこのチベット問題について抱いている<誤解>を解くように彼らをeducate助けることだ。」
「チベット人は反中国ではない」
「チベットを支援してくれている人々を、私は<pro-Tibetチベット派>としてではなく<pro-justice 正義派>の人々と思っている

とも語り、
さらに、民主主義の重要性を説き、この民主主義の実現によって如何に多くのチベットを含んだ中国全体の様々な問題を解決することができるかについて語られた。

global responsibility 普遍的責任>という法王の大事な主題についても話され、
「私は1973年、最初にヨーロッパを訪問した時からこの話をしているが、今でもこの
事の大事さは変わらない。人は他の人への思いやりを示すべきだ。関心を持つべきだ。利己心と貪欲はその人を不幸にするのみだ
と話された。

午前中。法王はウエストミンスターの議会で外務省委員会の招きを受けチベットについての傍聴会に出席された
ここでも法王は、チベット人は<anti-Chinese 反中国>ではないことを強調された。
今回の地震に対しても内外のチベット人が如何に被災者のために募金活動を続けているかについても言及された。

法王は、「フーチンタオ氏の唱える<調和的社会>に全面的に賛成する
と言われ「しかしこれはお互いが信頼し合い、尊敬し合うことではじめて実現できることだ」と付け加えられ、
中国はその巨大な軍事的、経済的力にもかかわらず、国際社会において効果的役割を担うための道徳的尊敬を欠いている」とも話された。
「彼らは人々を逮捕し、事情聴取する前に暴行などのひどい拷問を加えている」と指摘。また中国軍筋の情報として、当局は北京五輪後、100万人の漢族をチベットに新たに移住させることを計画しているとし、「意図的でないにしろ、ある種の文化的虐殺が起きている」と中国の政策を批判された。

会議に先立ってthe leader of the Liberal Democrats, Mr. Nick Clegg氏とも会談した、彼は「私がチベットのことを知ったのは12歳のときにハインリッヒ ハイラーの<チベットの7年>を読んだのが初めだ」と言われたとか。

(もっと午前中の話なのか)法王はチャールズ皇太子Prince Charlesから the Clarence Houseに招待され、多くのメディアを前にチベットの精神的、一時的spiritual and temporal リーダーとして、ロイヤルガーデン内に植樹された

23日(本日)はノッチンガム行きの列車に乗られる前に、カンタベリー大司教及びローマン ウイリアム博士とランベス宮殿でお会いになる。
その席にゴールデン ブラウン首相が合流することになっている

そののち宗教界の各代表と会談される。

というお忙しい日程です。
それにしても豪華絢爛たる人々とお会いになる、なった訳です。
どこかの国とは雲泥の差とはこのことか!うらやましい限りです。
福田首相に会って、天皇陛下にもお会いになるようなものですから。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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