チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2016年3月4日

内地と外地で同じ日に2人のティーンエイジャーが焼身抗議・死亡

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チベット人の中国政府に抗議する焼身は昨年8月末を最後に半年間途絶えていた。多くの人がこれでもうチベットの焼身という抵抗運動は終わったのではないかと考え始めていた。しかし、2月29日、2人の若いチベット人が内地と外地で示し合わせたように同じ日に焼身した。今年も3月10日のチベット蜂起記念日を前に内地における締め付けが強まり、チベットの自由への思いが募り始めているのであろう。政治的に敏感な若者が思いを抑えきれず、焼身に走ったと思われる。

北インド、デラデュンで16歳の学生ドルジェ・ツェリンが焼身、3日後に死亡

16a72393-c709-484e-8fce-9db6e53a1e25ドルジェ・ツェリン

2月29日、午前8時半ごろ、デラドゥン近郊ハバートプールにあるチベットキャンプ内、養老院の近くで、ムスリのチベット難民学校の高校1年生ドルジェ・ツェリン(རྡོ་རྗེ་ཚེ་རིང།)、16歳が焼身抗議を行った。近くにいた母親の目の前で彼はガソリンを被り燃え上がった。燃えながら走り、叫ぶ息子を見て母親は火を消そうとし、両手に火傷を負った。

12800305_726180347482357_2647738127404534747_n悲しみの中にあるドルジェ・ツェリンの両親。

周りにいたチベット人たちがなんとか火を消し、最初地元の病院へ運び込んだが、全身95%の火傷を負い、その病院では手に負えないということで6時間かけデリーの病院に運び込まれた。翌日、ユーチューブなどにまだ意識のある彼が焼身の動機などを自ら話しているビデオが広まった。その中で彼は「自分が自らを灯明と化そうと思ったのは、1959年以来チベットが中国に侵略されたままであるからだ。そして、自分はチベットのために何かすべきだという思いを持ち続けてきた。昨日、自分にできる唯一の方法は焼身であると結論したのだった」と語り、さらに「このような行為は聞く人にショックを与えるであろう。この少年が焼身した理由は彼の祖国のためであると知ることで関心を喚起することになるであろう。イギリスやアメリカ、アフリカの人々がチベットのことを知り支援を強化することになるであろう。チベットに自由をダライ・ラマ法王に長寿を」と続けている。

12804646_913522148766434_2911851315789789098_n母親は、「去年の9月、電話で彼が『もし自分がチベットの正義のために焼身を行ったならば、母親は誇りを感じるか?』と聞いてきた。私はそんな考えは捨てるようにと諭した。他にもチベットに奉仕する仕方はいくらでもある。もしも、そのような考えを捨てないなら、自分が自殺する、と脅しさえした。その後、彼はそのことを私に謝った。しかし、同じことを父親にも聞いていた。自分たちはこんな若い息子が本気に焼身などしないと思い、本気にしていなかったのだ」と話しているという。

集中治療が施されたが、3月3日の午前3時ごろ、両親が見守る中で彼は息を引き取った。遺体はダラムサラに運ばれることになっているという。

彼は外地(インド、ネパール)における6人目、今年に入って始めての焼身抗議者となった。

参照:3月1日付Tibet Timesチベット語版
3月3日付RFAチベット語版
その他

カム、カンゼで18歳の僧侶が焼身・死亡 当局は家族に嘘を強要

image層ケルサン・ワンドゥ

同じく29日午後4時ごろ、四川省カンゼチベット族自治州ニャクロン県にあるリツォカ・アールヤリン僧院(དཀར་མཛེས་བོད་རིགས་རང་སྐྱོང་ཁུལ་གྱི་ཉག་རོང་རྫོང་ཁོངས་རི་མཚོ་ཁ་ཨརྱ་གླིང་དགོན་པ།)傍で当僧院の僧侶ケルサン・ワンドゥ(སྐལ་བཟང་དབང་འདུས།)、18歳が「チベットの完全独立を!」と叫び、焼身を行った。周りの人たちが火を消し、近くの病院に運び込んだ。その後さらに成都の病院に運ばれる途中、車中で死亡したという。

彼は父ソタシ、母ウゲン・ドルマの息子。現在遺体は家族の元にあるという。しかし、当局はすぐに家族を拘束し、家族に対し、「焼身は政治的なものではなく、火事による事故である」ということを認める書面にサインするよう強要していると伝えられる。

彼は内地焼身抗議者の144人目。外地の6人を合わせ2009年以来の焼身抗議者の数はこれで150人となった。

参照:3月2日付RFAチベット語版
その他

さらに詳しくチベットの焼身抗議について知りたい人には自著「チベットの焼身抗議 太陽を取り戻すために」を参照していただきたい。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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