チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2015年1月20日

昨年1年間にインドに亡命したチベット人は120人のみ

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Recieption_Cent1ダラムサラ難民一時収容所。

今週日曜日に鎌倉であったチベットイベントでは小川まりえさんが作られた『ソナム』というドキュメンタリー映画が上映された。ダラムサラの難民一時収容所に到着したグループの中から偶然、チベットの匂い一杯の10歳の男の子を見つけ出し、その子の収容所での生活を追うというものだ。その後のトークで、チベット難民の現状が話題となり、私は2008年以降難民が激減したという話をした。

ちょうど昨日Tibet Timesがその収容所に行き、所長に昨年の難民の数等を確認したという記事が載っていた。それによれば、昨年1年間にダラムサラの一時収容所に辿り着いたチベット難民の数は120人という。

2008年以前には毎年2500~3000人の難民がヒマラヤを越え亡命していたのである。今後もこのトレンドは変わらないだろうということで新しく2008年に規模を拡大して作られた新しい収容所は出来上がったとたんにガラガラ状態が続いている。

ラサを初めチベット全土で全面蜂起があった2008年に800人ほど、その後600人、500人、400人、300人と順次年を経るごとに減少し、2013年には150人、そして昨年2014年には120人となった。120人の内、約50人が僧侶・尼僧、残り約70人が一般人という。

2008年、中国政府は本土のチベット人をダラムサラから徹底的に引き離す政策を決定し、国境警備をさらに厳しくし、ネパール政府にも金を与えネパール側からも警備を厳しくさせた。亡命ガイドを大勢逮捕したことでガイド料も跳ね上がった。さらにここ数年、カムやアムドのチベット人がラサに巡礼等で入ることも厳しく規制したが、インドへ亡命するにはラサを経由しなければならないということで、この規制が亡命への大きな障害となり、亡命者激減の主要要因となったのだ。亡命したい人も大勢いるであろうが、あまりに危険が大き過ぎ、大金を用意しないといけないということで、実行は不可能に近いというのが現状である。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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