チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2014年12月25日
焼身者を守ろうとした僧侶たちに向け部隊が発砲、少なくとも2人被弾
12月23日にタウのニャンツォ僧院公安派出所前で焼身した僧ケルサン・イェシェを守ろうとした僧侶たちに向かい軍隊が発砲し、少なくとも2人が被弾したという。
僧ケルサン・イェシェの焼身について昨日のブログでは「部隊が空に向かって発砲した」と伝えたが、今日現地から写真とともに伝えれた情報によれば、部隊は空に向けて発砲したのではなく、僧侶たちに向かって発砲したという。
部隊は集まった僧侶たちを蹴散らすために、発砲と共に、催涙弾も発射し、電気棒などを使い僧侶たちを殴りつけたという。被弾した僧侶たちは、拘束されるのを怖れ、病院にも行かず、僧院内で治療を受けているとも伝えられる。
焼身した僧ケルサン・イェシェの死亡は部隊がダルツェンドに運ぶ途中で確認したとされる。遺体はダルツェンドに運ばれた後、すぐに当局により電気火葬され、その後家族が2人呼ばれ、強制的に遺灰を川に流させられた。遺灰を川に流す間中、家族は銃を突きつけられていたという。
僧ケルサン・イェシェが属していたニャンツォ僧院では、昨日から大勢の僧侶、一般人が集まり彼の霊を弔う法要が行われているという。
しかし、例えば同じくタウで2011年に焼身した尼僧パルデン・チュツォの属していた尼僧院から尼僧たちがニャンツォ僧院に駆けつけようとしたが、彼女たちは途中で部隊に阻まれ、ニャンツォ僧院に行くことができない状態という。
タウでは至る所に検問所が設けられ、移動が制限され、ネットや電話も規制されていると言われる。
参照:12月25日付けVOAチベット語版
12月25日付けphayul
12月24日付けRFAチベット語版
同英語版
写真左:現場に駆けつけた僧侶たち/写真右:運び去られた直後か?
この他、FB上には焼身中のビデオも流されている(閲覧注意)。
例えば、これとこれ。
2本目には、おそらく火を消そうと毛布のようなものを持ち近づく僧侶の姿が写っているが、彼も道の向こうから駆けつける部隊と思われる人影を見て、再び離れようとしている。この後、僧侶たちが集まり、部隊が彼らに向け発砲したものと思われる。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)