チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2014年9月24日

ウーセル・ブログ(唯色・博)「ラルン・ガルはシャンバラではない」

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以下、2014年1月31日付けウーセル・ブログの日本語全訳。

原文:唯色:喇荣不是香巴拉
翻訳:@yuntaitaiさん

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◎ラルン・ガルはシャンバラではない

カム地方北部セルタ(四川省カンゼ・チベット族自治州セルタ県)のラルン・ガル僧院で1月9日夜、火災が起きた。微博を開くと、激しい炎に包まれた写真ばかりが並んでおり、数年前に2回訪ねて目撃した壮大な仏国の眺めが目に浮かんできた。

200777151816103<写真>ケンポ・ジグメ・プンツォク師

ラルン・ガルは1980年にケンポ・ジグメ・プンツォク師が開き、チベット全土で修行者数の最も多い仏教学院になった。中国本土で最も知名度の高いチベット仏教学院でもあり、在家や出家の漢人修行者が何千人もいる。このため、ラルン・ガルはチベットのほかの僧院や仏教学院とは異なり、チベット語と中国語に精通した非常に優秀な高僧を何人か抱えている。ケンポ・ツルティム・ロドゥーやケンポ・ソダルギェらは特に有名で、新浪微博のフォロワー数はともに数十万人から100万人以上いる。

破壊的な炎は暗闇のラルン・ガルで猛威を振るった。微博では「尼さんたちの小屋が100棟以上焼けた」「200棟以上焼けた」などと、現場から伝わってきた情報が絶えず更新されていった。私もこうした火災の情報をツイッターに転載したが、意外にも次のよう連絡が流れてきた。「僧院のケンポからお知らせです!火災の情報や写真を削除してください。誇張されたり、間違った情報が利用されたりしないようにするためです。仏の教えを広め、衆生にご利益を与える僧院事業の大きな妨げとならないように……」

これほど悲しい求めはなかった。知人の漢人女性も「消防当局がこれを理由に僧院を閉鎖したり邪魔したりしないよう、ツイートした写真などを早く削除してください。広めないでください」とツイッターのダイレクトメールをくれた。しかし私は承諾しなかった。これらの情報を削除すればラルン・ガルが平穏を得られるとは思えなかったし、全世界に火災を知られたからといって、炎の背後に隠れた赤い魔物が迫害の手を一時的に緩めるとも思えなかったからだ。メンツを重んじる赤い魔物が、飢えと寒さの迫るこの時期、苦難の中の衆生にわずかな間だけでも一息つかせてくれるかもしれないとは思ったが。

漢人のネット仲間は納得せず、「削除には反対する。炭鉱事故でうそを発表するのとどんな違いがあるんだ?」と微博に書いた。この考え方は正しくない。炭鉱事故でうそを発表するのは当局の行為であり、保身のために責任をなすりつけるのが目的だ。ラルン・ガルのケンポたちの削除要求はやむを得ない苦しみに満ちていたし、その目的は仏教学院を守ることにあった。

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<上写真2枚>2012年1月24日、セルタのチベット人の抗議は鎮圧された。

ケンポたちは何を恐れているのかと問う人がいた。では、ひとまず簡単に説明させてほしい。ラルン・ガルは1999~2002年に最も大きな災難を経験した。修行者の多いラルン・ガルは反乱を生み出す拠点だと中国共産党の高官は考えた。数千の僧坊が取り壊されてさら地になり、無数の修行者が追い出され、一部は悲憤して死んだ。ケンポ・ジグメ・プンツォク師はこのために病を患い、数年後に円寂した。実際、ラルン・ガルは名声を博してはいるが、常に薄氷を踏んでいた。当局は何度か言い掛かりをつけて閉鎖しようとしたが、学院は上から下まで抑制が効き、慎み深く、逆境に耐え忍んでいたため、容易には手を付けられなかった。

002 (1)<写真>5年半の刑を受けた作家ガンケ・ドゥパ・キャップ。

一方、セルタ県では、政治的な抗議を訴える焼身者を2人出している。このうち1人はラルン・ガルと同じニンマ派のトゥルク(化身ラマ、転生ラマ)だった(25歳のトゥルク、ドゥプチェン・ツェリンは2013年2月13日、ネパールの首都カトマンズで焼身し、死亡した)。2012年の春節2日目に当たる1月24日には、セルタのチベット人数百人が金馬広場でスローガンを叫んでルンタをまき、自由と人権を求め、軍警の発砲による鎮圧に遭った。抗議を記録したとして逮捕され、重い判決を受けた作家ガンケ・ドゥパ・キャップはセルタ人で、農村の教師だった。セルタ県と同じカンゼ州のダンゴ、カンゼ、タウの各県でも、この数年立て続けにデモや焼身などの抗議が起き、当局に鎮圧された。セルタ県と隣り合う青海省ゴロク州でもチベット人3人が悲憤して焼身し、死亡した。

ラルン・ガルは決して現実世界のシャンバラや桃源郷ではなく、心静かに仏教を学ぶ特権を得られるわけではない。ラルン・ガルに絶えず迫り来る危険をケンポたちは誰よりも冷静に認識しているから、心配でたまらずに火災情報を削除するよう求めたのだろう。しかし私は違う考えを持っている。ラルン・ガルが決してシャンバラではない以上、超然とした浄土づくりに苦心しても全く現実的ではなく、もろく崩れやすいように思える。また、苦難に満ちたチベットの大地にあり、その陽光と風霜、真っ白な雪と絶えず結び付いている以上、チベット全土で災難が相次いでいる時にどうしてラルン・ガルだけがほかを顧みず自分の修養に専念できるだろう?

2014年1月11日 (RFAチベット語)

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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