チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2014年9月10日
14世ダライ・ラマは本当に「ダライ・ラマ制度は自分で終わり、後継者は不要」と公言したのか?
ダライ・ラマ法王は訪問先のドイツで9月7日、ドイツ週刊紙ウェルト日曜版(Welt am Sonntag)の取材を受けその中で「ダライ・ラマ制度は自分で終わり、後継者は不要」と公言した、とAFP日本語版等が伝えた。このニュースの反響は大きく、ネット上で世界中のチベット人やサポーターたちが「ショックを受けた。大変悲しいニュースだ。再考して頂きたい」と応じた。
これに対する中国側の反応としては、例えば新華社日本語版ではシンガポール華字紙を引用しながら最後に「ダライ・ラマが、次の生まれ変わり(化身)を探す『輪廻転生制度』を持ち出すのは、メディアから注目を集め、さらにはこれにより中央政府に圧力をかけるという政治目的を実現させるためだ」と結んだり、日本の東京大学にも留学した経験のある中国社会科学院の民族史研究者秦永章は9月9日付け環球網で『ダライに転生制度を終わらせる権利はない 次のダライは愛国者に』と題した文章を発表している。
ちなみにこの秦永章氏は@rogcigさんによれば「東大の大学院の総文研にきて西川一三や木村肥生などしらべて、《日本涉藏史——近代日本与中国西藏》を書いた人」で青海省のトゥー族出身という。うらるんたさんは「民族間対立を煽る意図はないんですけど、青海省出身の少数民族(モンゴル系で、チベット仏教徒でもある)で中央民族大学、青海民族大学で学び、日本にも研究に来て過去の日本人のチベット研究の業績をたどり、社会科学院の研究者となっている人が、中国共産党主義丸出しのトンデモコラムを書くのって、悲しいなあと思います。」と反応されている。
ところで、このニュースが世界中に発信された後、このニュースの内容に疑問をもったチベットメディアが相次いでガンデン・ポタン(ダラムサラにあるダライ・ラマ事務所)に問い合わせたという。その結果をVOAやRFAが発表している。それによれば、ドイツ紙の発表は「誤解」であり、読者を「ミスリーディング」するものだという。真相はどうだったのか、インタビューの全体は未だ発表されておらず、ガンデン・ポタンの文章による正式な反応も発表されていないので現時点ではっきりとした答えは出ないがこれまでの経緯は報告しておく必要があると思われる。
まず、日本語で発表された最初の記事である9月8日付けAFPは以下:
ダライ・ラマ14世、「後継者は不要」 独紙インタビュー
【9月8日 AFP】チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は、ドイツ紙とのインタビューの中で、自身を最後の指導者とするべきと述べ、故郷の地で数世紀にわたり継承されてきた宗教的伝統を終わりにすべきとの見解を示した。
同氏は過去にも、「ダライ・ラマの目的は果たされた」と述べており、独紙「ウェルト」日曜版(Welt am Sonntag)での今回のコメントで、その意思をさらに明確にした形だ。
英語で行われたインタビューで同氏は、「ダライ・ラマ(の伝統)はおよそ5世紀にわたり続いてきた。現在のダライ・ラマは非常に人気がある。評判の良い最高指導者がいる間に終わらせるべきだろう」と述べ、「弱いダライ・ラマが継承すれば、その伝統に傷が付く」と笑顔で付け加えたという。
また、「チベット仏教は一個人に依存するものではない。私たちは、高度に訓練された僧侶や学者を何人も擁する非常に組織立った構造を持っている」とした。
1950年にチベットに派兵した中国は、翌1951年から同地を統治。ダライ・ラマ氏は1959年の民族蜂起が失敗に終わった後、インドに逃れた。
2011年にノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を受賞した同氏は、すでに政治活動からは距離を置いているが、それでも国内外のチベット人に対する強力な求心力を維持しており、また民族運動の象徴として広く知られている。(c)AFP
その他、日経も9月9日付けで同様な趣旨の記事を発表している。ライブドアニュースに至っては先のAFPの記事を紹介しながら、「ダライ・ラマ14世『後継者は不要』 チベット仏教を終わりにすべきとの見解」というとんでもない題を付けている。「チベット仏教を終わりにすべき」などという発言はAFPの記事中にもまったく見受けられない。
これに対し9月9日付けVOAはガンデン・ポタンから得たという返答として:「ダライ・ラマ(の伝統)はおよそ5世紀にわたり続いてきた。現在のダライ・ラマは非常に人気がある。評判の良い最高指導者がいる間に終わらせるべきだろう」という部分は「次期ダライ・ラマはどうなるのか?」という質問に対し法王が行った長い答えの中のほんの一部であり、法王はその返答の冒頭で「ダライ・ラマ制度を存続すべきかどうかはチベット人自身が決めるべきだ」と述べたという。
VOAはコメントとして、この「ダライ・ラマ制度を存続すべきかどうかはチベット人自身が決めるべきだ」という発言は法王が数十年前から何度も繰り返し表明されて来たものであるとする。また、転生に関する法王の意見として重要な点は以下の2点という。
1)15年後をめどに各宗派の代表が集まり次期ダライ・ラマについて話合いを行うこと。
2)次期ダライ・ラマは論理的に考えても分かるように現在のダライ・ラマの意志を継ぐことにある。そのためにはそのようなことが可能な環境の中に生まれることが必要であり、現在の状況のようなチベット内地に生まれ変わることはあり得ない。
RFAの方は「この記事は一部を引用しただけの誤解を生む記事である」とし、その他の内容はVOAと同様である。
FB上に発表されたあるビデオは今回のインタビューの一部とは思われないが、2)番目のことについて法王自身が語っておられるところである。
私もダラムサラで何度もこの法王の話は直接聞いている。法王が仮に「自分でダライ・ラマ制度は終わりだ」と言われたとしても、アテイスト中国共産党は政治的目的のために必ず次期15世ダライ・ラマを立てるであろう。そうなれば、亡命側もこれが本物の15世という子供を選出しない訳にはいかなくなると推測する。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)