チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2013年9月8日

ウーセル・ブログ「偽ポタラ宮と文成公主の神話」

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偽ポタラ

歴史は純粋に過去のものではなく、現在から見た、現在により解釈された、現在により利用される過去である。結果は原因に依るが、同時に原因もまた結果によるというわけである。それでも、一般の歴史学者はできうる限り客観性を求めるものである。一方、中国共産党はこの歴史の本質を悪用し、最初から歴史は政治的に利用すべきものとしか考えていない。

中国人民解放軍の建軍記念日である今年8月1日、ラサで共産党が100億円以上かけて完成させた偽ポタラ大劇場が完成し、チベットと中国の「調和」を主題とする「文成公主」が演じられた。640年に唐が強大な吐蕃(嘗てのチベット)の要請に従い、16歳の皇女文成公主をソンツェンガンポ王の息子であり、当時吐蕃の王位にあったグンソン・グンツェンの妻としてやむなくチベットに送り出した。文成公主は人質のようなものであったが、これが今の共産党により、チベットに仏教を初めとする多くの先進的文化をもたらしたと解釈され、その当時からチベットが中国の属国であったという証拠とされるようになった。

「調和」を唱える中国は、そのラサでチベット人たちを軍事的弾圧の下に置き、建物の屋上には狙撃手の姿がある。市民は日常的に検問を受け、厳しい思想教育の対象とされている。

ウーセルさんはこの「偽ポタラ宮と文成公主」の話しをブログに何度か書かれている。その内8月24日付けのものを@yuntaitaiさんが日本語に翻訳して下さった。

◎偽ポタラ宮と文成公主の神話

8月1日は中国人民解放軍の建軍記念日だ。この日はチベット自治区とラサ市の「ナンバーワン・プロジェクト」である実景劇「文成公主」の正式な上演日とされた。なぜ8月1日を選ばなければならなかったのか?文成公主と解放軍にどんな関係があるのか?軍事的な勝利と占領の成功を象徴していると説明する人もいる。そうなのだろうか?1000年以上前、唐朝は「盛唐」と言われていたが、隣国と友好的に付き合い、辺境を安定させる政治的行為として、「和親」や「縁組」を用いざるを得なかった。16歳のかよわい女性に一国の軍隊の任務を背負わせるのは、全く輝かしいことではない。

この劇のためだけに建てられた劇場はラサ市東部(南東)プンパ・リ(*1)のふもとにあり、ラサ河を隔て、世の移り変わりを経験してきたポタラ宮と遥かに向かい合っている。完全にポタラ宮を真似た偽物だ。露店で売られる偽の骨董品のような本質は、自然光の下であろうと人為的な照明の下であろうと浮かび上がり、深夜の深い暗闇の中でしか隠しきれない。この劇場と劇の総投資額は7.5億元(約122億円)に上る。官製報道によると、チベット自治区の役人の一部は建設現場を何度も視察している。明らかに「ナンバーワン・プロジェクト」は歴史を脚色し、当局による今日の統治の合法性を「証明」する政治的任務を課せられている。役人たちが政治的に厳しく検査し、何度も視察する必要があるのだ。

ポタラ宮の偽物が造られているのをデジタルカメラの望遠レンズで目の当たりにし、私はブログに書いた。「政治と経済という二つの作用の下、文成公主の巨大な神話はとうとう洗脳のための優れた道具へと変わるようだ。この道具は『最先端の音響・照明技術により、繁栄の時代の風格をはっきり示す』という。『繁栄の時代』とは昔の盛唐のことだろうか?または今日の大中華繁栄の時代のことだろうか?それとも古今の『繁栄の時代』だろうか?この上なく素晴らしい文成公主の神話を借り、偉大な『中国の夢』を実現する。はっきり言えば、それは漢化の夢だ」

これに先立ち、党の役人たちはラサで「第1回文成公主フォーラム」を開催した。「中国チベット文化旅行創意園区の文成公主テーマパークと和美(※会社名)大型実景劇『文成公主』を通じ、学術会や芸術界、メディア、企業の名士を招請。チベットの歴史と文化を背景に、文成公主の文化的イメージをテーマとして、『文成公主のチベット入りと蔵漢人民団結』についてハイレベルな検討をしようという趣旨」だという。

万能の文成公主が既にどれほど誇張されているのか、少し見てみよう。

ポタラ宮はチベット王ソンツェン・ガンポが文成公主をめとるために建てた▽文成公主はチベット仏教の基礎を築いた主要人物である▽ラサ東部の聖山プンパ・リは文成公主が命名した▽タンカは文成公主が発明した▽チベット語の「タシデレ」(吉祥如意)は文成公主とお供の者が伝えた▽チンコー麦は文成公主が中国から持ち込んだ――等々だ。

つまり、チベットの伝統文化がいかに形成されたかを改めて語る中で、権力者の強引な発言で全ての物語が変わり、昔の漢人女性一人に統一の大業という重責を負わせてしまった。実際のところ彼女はチベットに来た時、16歳の少女にすぎなかったが、疑いを差し挟めない作り直しと語り直しの中、彼女は孫悟空よりも神通力が大きくなった。彼女はあれもこれもでき、つまり彼女にできないことはない。まるで彼女のおかげでチベットは文明を持てたかのようだ。問題は、あなたが信じるかどうかだ。さまざまな思惑から、この少女はもう人間ではないほどに神格化されている。

事実に基づいて言えば、文成公主に関する一部の神話や言い伝えについて悪例を作ったのは中国語史料の作者たちではなく、神話を作り出し、神話の劇まで作るのが好きなチベット人自身だ。しかし、他人が神話の発展を見たがり、成果を受け取りたがるとは思っていなかった。そのため今日になって、国家の統一に固執する中国共産党がチベット人の神話を借り受け、引き続き文成公主を神話化している。ひどい場合には神話や伝説をわざとふくらませ、「事実」に作り変える。これは本当に素晴らしい教訓だ。

王力雄はチベット研究の著書「鳥葬――チベットの運命」の中で、唐朝の皇帝が宗室の女性を皇女としてチベットに行かせたことについて、「公主の神話」と題した章を書いている。

「もちろん、まじめに歴史研究に従事する者なら、公主が嫁いだことを国家主権の証明とは考えないだろう。だが、チベットに対する文成公主の重要性を過度に誇張するのはかなり普遍的な現象だ。まるで文成公主が行ったからこそ、チベットは文明を持てたかのようだ。ここには医療知識や技術工芸、料理の知識、野菜の種を含むし、ひどければチベット仏教も文成公主が持ち込んだのだとする。たとえここにわずかな事実があったとしても、強調しすぎるあまり、民族自大の傾向になっている。まるで漢民族が女性を1人嫁がせるだけで、別の民族の文明と歴史を変えることができ、二つの民族を切り離せない根拠になるとでもいうようにだ。これが独りよがりの神話に過ぎないということは、事実が既に証明している」

これは事実上、歴史の書き換えであり、民族の文化と記憶を「真っ白に洗い流す」大掛かりな作業だ。実は何年も続いており、今では権力とカネの支持の下、あちこちで花開き、向かうところ敵なしの状態だ。この偽ポタラ宮で上演される商業化した舞台は今後、ラサに来た観光客が必ず見るプログラムになるだろう。洗脳できるだけでなく、金儲けにもなる。逆に損害をこうむるのは、好きなように書き換えられてしまう歴史と、好きなように侵略されるチベット民族だ。

2013年8月 (RFA特約評論)

*1(トンバニ注):ラサの南東にあるプンパ・リはチベット人たちにとっては聖なる丘であり、仏教的祝日には大勢のチベット人が集まり、焼香を行い、ルンタを撒く場所である。近年、ここは当局により、ラサのゴミ捨て場となり、また政府要人などがラサを訪問するときには街の乞食が一斉に集められここに一時的に隔離されていたという。聖山>ゴミと乞食の捨て場>蔵漢調和を象徴する場所、と変化したわけだ。

その他参照:7月20日付けウーセル・ブログ(英訳付き)
8月21日付けウーセル・ブログ
7月31日付けICTリリース

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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