チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年6月29日
北京はダライ・ラマの写真許可を否定
このところ、複数の主要外国メディアが「ダライ・ラマの肖像掲揚が許可されたのは北京のチベット政策軟化の印か?」という記事を出し、これにつられて日本の幾つかの新聞社、通信社が同様の記事を出している。6月27日にはロンドンベースのNGO、Free Tibetが「17年ぶりに、ラサのガンデン僧院でダライ・ラマの肖像掲揚が許可された」という記事を出し、これを引用する形で外国や日本のメディアが再び「ラサでも許可」の記事を出した。
ところが、昨日28日付けでBBCは「中国はダライ・ラマへの崇拝許可を否定」という記事を出した。これはBBCが直接北京中央政府の宗教省に問い合わせて得た回答を元にしているという。
この件についてはすでに当ブログ22日付けで考察したし、25日にはウーセルさんの意見も載せているが、新しい情報が入ったということで再度考察することにする。
BBCに対し、中国政府は「ダライ・ラマに対する中国の政策は首尾一貫しており、明白である」とし、「もしも、ダライ・ラマが中央政府との関係を改善させたいのであれば、彼の『独立』或は『偽装独立』要求のスタンスを変更すべきである」と答えたそうだ。
BBCは質問する時に、「最近チベットのある地域でダライ・ラマの写真が許可されたという話が伝わっているが」と言ったはずであるから、それに対する回答がこの相変わらずの硬直回答だったということで、「中央政府はまったくチベット政策を変更する気がない」「ダライ・ラマの写真は今まで通り許可されない」と解釈し、そのような趣旨の記事を書いたというわけだ。
では、今までの情報は全て嘘だったのか?期待先行の情報だったのか?という疑問が湧く。この情報を最初に流したのはVOTであり、最初はアムド、ツォロ(青海省海南蔵族自治州)の3県で僧侶、役人が会議を開き、その結果「ダライ・ラマの写真許可。ダライ・ラマへの批難禁止。僧院内に軍警が入る事を制限」を決定したと報じられた。その後RFAがカム、カンゼ(四川省カンゼ蔵族自治州)でも幾つかの僧院で法王の写真が許可されたと報じ、2日前にはFree Tibetがラサのガンデン僧院にも当局から法王写真掲揚許可の知らせが来たと発表した。
BBCは最初から、ダライ・ラマの写真許可については「確認できない情報」としながら、現地との連絡を試みている。昨日ラサの複数の僧侶と連絡が取れたらしく「数名の僧侶は政府が政策を変更するという噂は聞いたが、実際にはそのようなことは全く無い。ダライ・ラマの写真は依然として禁止されており、唯一当局が許可した仏陀の肖像のみが許されている」と報告している。
カンゼとラサの話は何かの間違いである可能性があると私は思う。しかし、アムド3県の話はまったくの嘘ではないらしい。アムドについてはICT(International Campaign For Tibet )がやや詳しい報告を行っている。それによれば、会議はチャプチャと西寧で本当に開かれ、そのようなことが「実験的」に決定されたらしい。ただし「宗教的にダライ・ラマへの信仰を表す事は許可されるが、政治的に従うことは許されない」とされ、また、その実施は8月からであるという。
この決定は度重なる焼身事件を受けて、懐柔策として打ち出されたようである。ICTは会議に青海省の共産党書記が出席したかどうかは確認されていないともいう。実際に実施されるまでにはこれから省レベルや中央政府の許可がいるのかも知れない。そこで、却下される可能性も高いということであろう。
これを許可するには、これまでの政策が間違いであったと認めなければならないはずであり、そう簡単であるはずはないと思われる。ただ、今月初めに中央党校の靳薇(Jin Wei)教授が香港で政府に対し「ダライ・ラマとの対話を進めてはどうか?」と提案したことからも分かるように、胡錦濤時代には体制内でチベットについて発言することは完全に禁止されていたが、習近平時代になりチベット問題について論議してもいいという雰囲気が出来上がりつつあるのかもしれない。地方政府においても議論が許され「実験的」な試みが可能な「余地」ができたのかもしれない。もしも、これが本当なら、これだけでも相当な変化と言えなくもない。
参照:6月28日付けBBC http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-china-23094994
6月27日付けFree Tibet http://www.freetibet.org/news-media/pr/after-17-year-ban-across-tibet-monks-lhasa-monastery-permitted-display-pictures-dala-0
6月28日付け日経 http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM28044_Y3A620C1FF1000/
6月27日付けICT http://www.savetibet.org/new-challenges-to-tibet-policy-from-inside-china/
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)