チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2013年3月21日

チベット人焼身抗議者分類グラフ(時系列、地域、人物、生死別)

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以下全て、2009年以降の内外合わせ115人の焼身者を対象にしたもの。

1:時系列

月別

2009年 1人:2009年2月27日に四川省ンガバ チベット族チャン族自治州 ンガバ県(以下ンガバ県)で1人。

2011年 14人(チベット内12人 外地2人):
3月>1人:ンガバ県で1人。
8月>1人:四川省カンゼ(甘孜)チベット族自治州タウ(達日)県(以下タウ県)で1人。
9月>2人:ンガバ県で2人。
10月>6人:ンガバ県で5人、カンゼ県で1人。
11月>3人:タウ県で1人、インド;ニューデリーで1人、ネパール;カトマンドゥで1人。
12月>1人:チベット自治区チャムド地区チャムド県で1人。

2012年 86人(チベット内85人 外地1人):
1月>4人:ンガバ県で3人、青海省 ゴロチベット族自治州 ダルラ県(以下ダルラ県)で1人。
2月>6人: ンガバ県で3人、青海省 ジェクンド(玉樹)チベット族自治州 ティドゥ県(以下ティドゥ県)で1人、青海省 海西モンゴル族チベット族自治州 テムチェン(天峻)県(以下テムチェン県)で1人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 ザムタン(壌塘)県(以下ザムタン県)で1人。
3月>11人:甘粛省甘南ベット族自治州マチュ(瑪曲)県(以下マチュ県)で1人、ンガバ県で5人、青海省黄南チベット族自治州レゴン(同仁)県(以下レゴン県)で2人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 バルカム(馬爾康)県で2人、インド、ニューデリーで1人。
4月>4人:四川省カンゼチベット族自治州カンディン(康定)県で2人、ザムタン県で2人。
5月>3人:チベット自治区ラサ、ジョカン前で2人、ザムタン県で1人。
6月>4人:青海省黄南チベット族自治州チェンツァ(尖扎)県で1人、ティドゥ県で2人、ジェクンド県で1人。
7月>2人:チベット自治区ラサ市ダムシュン(当雄)県で1人、ンガバ州バルカム県で1人。
8月>7人:ンガバ県で6人、甘粛省甘南チベット族自治州ツゥ市で1人。
9月>2人:北京で1人、ジェクンド州ティンドゥ県で1人。
10月>10人:自治区ナクチュ地区ナクチュ県で1人、甘南州ツゥ市で2人、甘南州サンチュ県で5人、自治区ナクチュ地区ディル県で2人。
11月>28人:黄南州レゴン県で9人、黄南州ツェコ県で3人、青海省海東地区ヤズィ県で1人、ンガバ県で3人、ンガバ州ゾゲ県で2人、カンゼ州セルタ県で1人、自治区ナクチュ地区ディル県で1人、甘南州ツゥ市で2人、サンチュ県で3人、ルチュ県で3人。
12月>5人:甘南州サンチュ県で1人、ルチュ県で1人、ゴロ州ペマ県で1人、ンガバ州ゾゲ県で1人、黄南州ツェコ県で1人。

2013年 13人(チベット内12人 外地1人)
1月>3人:甘南州サンチュ県で2人、ンガバ州キュンチュ県で1人。
2月>9人:ンガバ県で1人、甘南州サンチュ県で2人、ネパール・カトマンドゥで1人、ンガバ州ゾゲ県で3人、青海省海東地区バイェン県で1人、甘南州ルチュ県で1人。
3月>2人:ンガバ県1人、ゾゲ県1人。

・・・2013年についてはまだ何とも言えないが、2011年後半と2012年を見ると焼身発生件数には、明らかな波のようなものがあることが見て取れる。2011年は10月に向かって増え、その後一旦減少。2012年に入り、3月に向かって増え、また一旦減少した後、11月に向かって激増し、11月には28人もが焼身している。その後また減少した後、今年2月に9人、3月に今までのところ2人が焼身している。

3月にはチベット人に取っては忘れ難い3月10日蜂起記念日があり、この時期、政治的抵抗意識が高まり易い。また2008年3月の全土を巻き込んだ蜂起とその後の残酷な弾圧の記憶も蘇り、これを記念する焼身も起り易いのであろう。秋の10月や11月に多いのは、この時期、国慶節等の中国政府の政治的行事が集中しているという事で、政府に対する訴えや抗議の意味が含まれていると思われる。特に2012年の11月には新指導部が選出される中国共産党第18回全国代表大会(十八大)が開かれたというので、新指導部に対するチベット政策変更を要求する意味を込めた焼身が増えたと思われる。中国のテレビでは連日この十八大のニュースが流されていたであろうから、チベット人の間にも否が応でも政治意識が高まったと思われる。他の要因として秋には農閑期となり、また遊牧民も山を下りて冬の家がある里に下りることが多いので人が集まり易いというのもあるかもしれない。

何れにせよ、各地区で焼身が増えればそれに刺激されてさらに増え、減れば、次第に減るという連鎖反応のようなものが存在するというのは自然なことである。

2:地域

地域別伝統的地域

チベットの伝統的地域別けに従えば:
内地:ウツァンで5人、アムドで90人、カムで15人。(北京で1人。外地:インドで2人、ネパールで2人。)

・・・圧倒的にアムドが多く全体の78%。次にカムが13%。ウツァンは4%に過ぎない。これは焼身のエピセンターとも言えるンガバ県と北東チベットがアムドに含まれるからである。ウツァンで少ないのは、気質の関係もあるかも知れないが、一般的には監視が長期にわたり特に厳しく焼身さえ実行しにくい環境と言えるかもしれない。

地域別2

現在の中国の行政区分に従えば:
四川省チベット人居住区51人:ンガバ州ンガバ(阿坝州阿坝)県30人、ザムタン(壤塘)県4人、バルカム(马尔康)県3人、ゾゲ(若尔盖)県7人、カコク(红原)県1人;カンゼ州カンゼ(甘孜州甘孜)県1人、セルタ(色达)県1人、タウ(道孚)県2人、カンディン(康定)県2人。

青海省チベット人居住区27人:ゴロ州ダルラ(果洛州達日)県1人、ペマ(班玛)県1人:ジェクンド(ケグド)州ジェクンド(玉树州玉树)県2人、ティンドゥ(称多)県4人;海西州テムチェン(天峻)県1人;黄南州レゴン(同仁)県11人、チェンツァ(尖扎)県1人、ツェコ(泽库)県4人、海東地区ヤズィ(循化撒拉族自治)県1人、チャキュン(化隆)県1人。

甘粛省チベット人居住区24人:甘南(カンロ)州マチュ(玛曲)県1人、サンチュ(夏河)県12人、ルチュ(碌曲)県5人、ツゥ(合作)市6人。

チベット自治区8人:ラサ(拉萨)市2人、ダムシュン県1人:ナクチュ(那曲)地区ナクチュ(那曲)県1人、ディル(比如)県3人;チャムド(昌都)地区チャムド(昌都)県1人。

北京市1人。
インド2人。
ネパール2人。

・・・同じくンガバ県と最近焼身が増えているゾゲ県が含まれることにより四川省が一番多く、次にレゴン県を含む青海省、甘粛省と続く。甘粛省内のチベット人自治区は面積的には狭いに関わらず人数は多く、ほとんどが最近発生したものであり、その中心は僧侶ではなく遊牧民である。青海省、甘粛省ともに中国人移住者による浸食が顕著な地区であり、色んな意味における危機感が背景にあるとも言えよう。チベット自治区は8人と少ない。最近自治区主席のペマ・ティンレーが「チベット自治区では焼身は全く起っていない」と発言したが、これは彼がウーセルさん言うところの「痴呆症」にかかっているとしか思えず、確かに他の省に比べ少ないと云えども8人が確かに焼身しているのだ。

3:人物

男女別

男性99人(86%)、女性16人(14%)。

年齢別

10代32人(28%)、20代59人(51%)、30代11人、40代8人、50代2人、60代3人。
最年長者64歳、最年少者15歳。

・・・10代と20代を合われて91人、全体の79%に達する。圧倒的に若者の焼身者が多いことが分かる。

職業別

高僧(リンポチェ)2人、普通僧侶30人、尼僧5人、元僧侶14人。
宗派別ではほぼ全てゲルク派の僧俗と思われる(俗人については資料がなく断定できないが)。例外として、ニンマ派の僧侶2人、尼僧1人、サキャ派1人、カギュ派の元僧侶1人、ザムタンで焼身の4人の俗人はチョナン派と思われる。

中学校(中高一貫)生徒3人、作家1人、タンカ絵師1人、タクシー運転手(女性)1人、元政府職員1人、ラサのレストラン従業員2人(内1人はサンチュ県出身、もう1人はンガバ県出身の元僧侶)、1人副村長。

農民・遊牧民59人(ウーセルさんの数字に従う、この中には元僧侶も含まれる)

子を持つ母親8人、子を持つ父親18人。

外地(インド、ネパール)で焼身した4人の内2人はTYCの活動も行っていた青年、内1人はタウ県出身。他の2人は本土から来た僧侶、内1人はカンゼ県出身、内1人はセルタ県出身。

・・・僧侶、尼僧、元僧侶を合わせると51人となり、農・遊牧民と共に、全体をほぼ2分している。この事からも、宗教弾圧政策と農・遊牧民政策が焼身の元凶と言えよう。

4:生死

生死別

死亡確認95人(内地93人、外地2人)。生存者と思われる20人の内、外地の2人は回復している。内地で当局に拘束されていないのは1人のみ。当局の監視の下病院い収容されていると確認されているもの7人、その他10人の消息は生死を含め不明。

・・・死亡率約83%である。

備考:亡命政府の発表は2人少ない(亡命政府発表の焼身者リスト>http://tibet.net/factsheet-immolation-2011-2012/)が、これはカンディン県ラガンにおけるニンマ派の高僧アトゥク・リンポチェと尼僧アシェを証拠不十分として含めないから。ウーセルさんやVOT、それに私はこの2人を含める。その理由については参照>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51753150.html
なおICT(International Campaign for Tibet)はこの2人をリストに入れるが、焼身者の数には加えていない。

その他、判明している焼身抗議未遂者として:焼身抗議を行おうとガソリンを飲み過ぎその場で倒れ、死亡した者1人。ガソリンを飲み過ぎ倒れ拘束された者1人。焼身が発覚し拘束され、その後当局に殺されたと見られる者1人。焼身を準備していたとして逮捕された者1人。

インド、ネパールでの焼身未遂者5人。

フランスでイギリス人僧侶が1人焼身、死亡したがこれも中国政府に対する焼身抗議の可能性が高い。

これまでに発表されている焼身者リスト
1、亡命政府 http://tibet.net/factsheet-immolation-2011-2012/
2、ICT http://savetibet.org/resource-center/maps-data-fact-sheets/self-immolation-fact-sheet
3、Free Tibet http://www.freetibet.org/news-media/na/full-list-self-immolations-tibet
4、ウーセル http://woeser.middle-way.net/2013/03/115.html
以上の対比表 https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0Al2LIEgoNIx2dGxUVjBxRUc5VjNNWDhjVGVpYmIxYlE&output=html
5、チベットNOW@ルンタ http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51757842.html と http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781256.html

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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