チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年3月4日
チベット自治区高官「チベット自治区で焼身は全く起っていない」!?
これは、現在北京で開かれている、所謂「両会」に出席中のチベット自治区主席ペマ・チュリン(ペマ・ティンレー/バイマチリン白玛赤林)の発言である。
まず、この発言を記事にして下さった共同通信>産経さんの記事を以下にコピペする。
「焼身自殺なし」と強調 チベット自治区幹部
2013.3.3 14:54
3日の新華社電によると、中国チベット自治区のバマチリン自治区共産党委員会副書記は2日、自治区のチベット族住民による抗議の焼身自殺はこれまで起きていないと述べた。
周辺の四川省や青海省などのチベット族居住区では当局のチベット政策に抗議する焼身自殺が相次いでいる。副書記は「経済発展と福祉の向上、しっかりした教育がチベット発展の鍵だ」と主張しており、自治区のチベット政策が他の居住区に比べてうまくいっていることを強調した。
他の居住区で頻発している焼身自殺については、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世らが扇動していると非難した。(共同)
この記事では「周辺の四川省や青海省などのチベット族居住区では当局のチベット政策に抗議する焼身自殺が相次いでいる」と記されているだけで、彼の発言を否定する「チベット自治区内でも焼身が起きている」「この発言は嘘だ」ということは書かれていない。何も知らない人はこの記事を読んで「そうか、チベット自治区では焼身は皆無なんだな」なんて思う人もいるんじゃないかと思い、こんないつもの「真っ赤な嘘」発言に対し、敢えて反論するために、以下亡命側に伝えられ当ブログで報告したチベット自治区内焼身抗議を列挙されて頂く。
なお、この新華社電英語版原文は>http://www.china.org.cn/china/2013-03/03/content_28113071.htmだが、この中で彼は「チベット人民は国家と人命を愛し、自治区内では僧俗のいかなる者も焼身を起こしていない」と言明している。この記事の題名は「チベットでは如何なる地区住民(local residents)、僧侶、尼僧も焼身していない」となっている。チベット=チベット自治区という認識であり、カム、アムドはチベットではないというつもりだろうが、知らない人は「チベット人居住区全体で全く焼身は起っていない」と理解するかもしれない。
ラサ、ジョカン前の焼身。
また、去年5月にラサで2人のチベット人が焼身したことは、世界的ニュースとなっており、これも「なかった」というのか!?という反論に答えるためか、わざわざ「地区住民」と書いたりしている。これはこの2人はアムドの出身だったから、自治区の住民じゃないというつもりなのであろう。しかし、ペマは「自治区内では、」と発言している。
以下の焼身発生地図を見てもらえば分かるが、これまでにチベット自治区内では8件の焼身抗議が発生し、その内6人の死亡が確認され、1人は生死不明である。
1、テンジン・プンツォ(地図上17番):元カルマ僧院僧侶、46歳、死亡。
2011年12月2日、チベット自治区チャムド地区カルマ郷で焼身。チラシも撒き、スローガンも叫んだというが伝わっていない。直接にはそれ以前のカルマ僧院弾圧に抗議したものと思われる。遺書を残す。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51716769.html
2、ドルジェ・ツェテン(地図上43番):アムド、サンチュ県出身の俗人、19歳、死亡。
2012年5月27日、(3)のタルギェと共にラサ・ジョカン寺の前で焼身。2人とも最近ラサに住み始め、パルコル近くの「ニマ・リン」という食堂で働いていた。焼身後、彼らが働いていた食堂のオーナーと雇い人は全て逮捕された。ほとんどの目撃者が拘束された。チベット自治区の首都ラサで焼身が行われたのは初めて。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51747193.html
3、タルギェ(地図上44番):アムド、ンガバ出身の元僧侶、25歳、入院中。
2012年5月27日、上記のドルジェ・ツェテンと共にラサ・ジョカン寺前で焼身。7月7日に彼が死亡したという情報が流れ亡命政府も彼が死亡したとした。しかし、後7月13日にRFAとダラムサラ・キルティ僧院はこれを否定している。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51747241.html
4、ツェワン・ドルジェ(地図上50番):遊牧民、22歳、死亡。
2012年7月7日、ラサ北部ダムシュン県ダムシュンの街中で焼身。炎に包まれながらも「法王に長寿を!」と叫びながら100mほど走り、倒れた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51753234.html
5、グドゥップ(地図上61番):チベット自治区ナクチュ、ディル県出身、作家、43歳、死亡。
2012年10月4日、チベット自治区ナクチュの街中で焼身。その場で死亡。2通の遺書を残す。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51764224.html
6、ツェポ(地図上67番):20歳、死亡。
2012年10月25日、従兄弟である(65)のテンジンと共に、チベット自治区ナクチュ地区ディル県で焼身。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767144.html
7、テンジン(地図上68番):25歳、生死不明。
2012年10月25日、上記の従兄弟ツェポと共に焼身。ダラムサラのソガ・スクールで学んだ事がある。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767144.html
8、ツェギェ(地図上76番):27歳、11月18日にナクチュの刑務所内で死亡。
2012年11月7日、チベット自治区ナクチュ地区ディル県ペンカル郷の政府庁舎前で焼身抗議。警官にナクチュに連行され、刑務所内に治療も受けず、その上拷問も受け18日に死亡と。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768582.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770986.html
ラサの2人はローカルじゃないということで逃れるとしても、(常識的には事件は発生地が問題なのである。これで行くと例えば日本で外人が自殺しても、その自殺はなかったということになるわけだ)。他の6人はその地域の住民だ。ナクチュ地区やディル県、チャムド地区はチベット自治区じゃないとでも言うつもりなのか?
尖閣諸島周辺で「レーザー照射された」という証拠に基づいた日本側の主張に対し、「そのな事実は全く無い」と中国側が真っ向否定したように、中国が都合の悪いことは「なかった」ことにするというのはいつものことで驚くに値しない。焼身についても、まずは「ない」ことにするのが最初の反応だが、カムやアムドではあまりに数が増えたので、最近はそれも通じないと思い始め「あるが、これらは全てダライ一味の煽動だ」という話にしている。チベット自治区ではまだ8人ぐらいなら無視しても構わないというつもりなのであろう。とんでも嘘つき国家の見本発言である。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)