チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2013年1月27日
中国警察がまた「焼身扇動殺人事件を解決」したらしい
またまた、焼身を唆したという中国の作文記事が発表された。うらるんたさんがそれを訳して下さったので、まずはその記事を載せ、その後につっこみコメントを加える。
原文:http://news.xinhuanet.com/legal/2013-01/24/c_114491066.htm
翻訳:@uralungtaさん
[新華網2013年1月24日]
青海省警察筋が焼身そそのかし扇動殺人事件を解決新華ネット西寧1月24日電:最近、青海省警察筋は焼身殺人未遂事件の捜査解決に成功し、焼身を起こそうとたくらんだドルマ・キャプと、彼を煽りそそのかして焼身を起こそうとした容疑者パクパを逮捕した。
2012年11月19日、青海省同仁県〔アムド、レプコン〕の警察筋は一般民衆からの通報を受け、同仁県のホテル「永慶和賓館」客室内で、ガソリンが入ったポリタンクやコットンなどの物品を発見した。現地警察はすみやかにこれらを押収し、焼身をくわだてていたドルマ・キャプの身柄を取り押さえ、ドルマ・キャプに焼身をそそのかして扇動した犯罪容疑者パクパを捕らえた。
調べによると、ドルマ・キャプは男性25歳、青海省同仁県〔アムド、レプコン〕のドワ僧院の僧侶。パクパは男性27歳、青海省同仁県多哇郷〔レプコンのドワ〕の人で、2005年6月に不法出国してインドに渡り、ダライ集団が「チベット独立主義者」主要メンバーを養成する「ソガ」スクールで訓練を受けた。2011年9月、プルパは国内に潜入し、尖扎県直康拉卡郷〔チェンツァ、ダクカン・ナカ〕の孤児院で臨時採用教師の仕事と英語とコンピューターを教える私塾を開いて、これを隠れ蓑にして学生たちに「チベット独立」思想をほしいままに吹き込んだ。
この間、パクパはインターネットを通じてインドの「チベット青年会議(TYC)」幹部ガン・ツェンポらと密接な連絡を取り合い、指示を受け、情報を流した。ドルマ・キャプの供述によると、2012年6月と7月に、パクパは3度にわたり、焼身をそそのかした。〔そそのかした手口は〕パクパはかつてインドに行ったことがあり、そこで頻繁にTCYと「チベット独立」について議論したことがあると言ったうえで、「四川〔※同じアムドのンガバのこと〕で焼身をはかった人たちは自らの貴重な命を投げ出して、チベット人の自由と独立のために大きな貢献を果たしている。彼らは我々チベットの民族の英雄であり、焼身はチベット独立に大きく貢献する行為だ」と述べたという。パクパはドルマ・キャプに対し、「もしあなたが焼身したならば、チベットの民族にとって良いことを為しとげたことになる。焼身する人が多ければ多いほど、国際的な注目を集めることができる。インドにはいくつかの組織があり、それらの組織が、焼身者の写真を広く国際的に宣伝するのだ」と言った。このようなパクパの教唆によって、ドルマ・キャプについに焼身しようという考えが生まれた。2012年11月19日、ドルマ・キャプはガソリンやコットンなどの物品を持って、同仁県〔レプコン〕のホテル「永慶和賓館」にチェックインし、焼身の準備を進めていたところ、ここに至って阻止された。
警察の取り調べで把握された情報によると、パクパは同仁県多哇郷〔レプコンのドワ〕の非合法組織「雪文化伝統奉仕団」に参加しており、最近、多哇郷〔ドワ〕で焼身事件が多発した後、パクパ及びこの非合法組織メンバーは前後6回にわたり焼身者の葬儀に参列し、さらにその葬儀の現場で「焼身はチベット民族のためを願ってのものだ、我々は模範として学ぶべきだ」などの扇動的な言論をほしいままに振りまき、また、焼身者の遺族に金銭を贈与した〔*お悔やみの香典を指すと思われる〕。2012年11月8日には、パクパは教師という身分を利用して、多哇郷〔ドワ〕の50人余りの小学生や現地の牧民を多哇郷役場前に結集させ、「チベット独立」などのスローガンを叫ばせた。
現在のところ、パクパとドルマ・キャプはそれぞれ、故意殺人罪、公共安全危害罪の疑いで法にのっとって逮捕されている。警察筋は「今後も事件の捜査には更に大きな力を入れて取り組み、事実を徹底的に究明し、無辜の一般市民の生命を脅かす焼身教唆という犯罪行為を法に基づいて厳罰に処する」としている。
焼身者の葬儀に参加したり、香典(寄付金)を集めることは違法というポスター。
どうも、去年11月初めに行われた十八大会の際、チベットの焼身押さえ込みのための新方針が決定されたのではないかと推測される。その後、頻繁に焼身が起っている自治州では立て続けに、焼身に関わった全ての者を厳罰に処するという新しい法律(条例)が作られ、発表されている。内容は焼身を教唆、煽動した者を殺人罪とし、焼身者を守った者、運んだ者、焼身者を出した家族を見舞った者、法要を行った僧侶、僧院、香典を与えた者等を罰するというものだ。ついでに、焼身を行おうとしたものも社会の秩序を乱したり、交通を妨げたとして罰したり、焼身者を出した地域全体も共同責任を取らせるという。また、このような行為を行ったチベット人を密告した者には多額の報奨金を出すというおまけも付いている。この「法律」自体、常識では考えられないものばかりだが、中国の法律は共産党に都合のいいように何でもありなのだ。こうして、法律を用意することにより、全ては役人のお決まりの言い方である「法律に従い適切に処理する(された)」と言ってしまえばいいことになる。
この法律に従い、取り締まられた焼身関連者に関する記事にはほぼ一定の決まった筋がある。焼身者は実際に行った者でも行おうとした者(この場合は真偽は不明)でもいいらしい。とにかく大事なのはこの焼身者、又は焼身未遂者を「ダライ一味」が煽動、教唆したという話にすることである。それも「ダライ一味」の内もっとも過激な独立勢力と中国側が設定する「TYC(チベット青年会議)」が関わっていることが最近の特徴である。
今回も前回と同様、一旦「インドに亡命し、TYCの訓練を受け、その後故郷に帰った分裂主義者があるチベット人を唆し、焼身させようとした」ということになっている。唆し方は常に「焼身者はチベットの英雄であり、丁重に供養される。情報はすぐに亡命側に伝えてやる」というものだ。
中国当局は初期の「焼身を事実を隠したり、政府への抗議ではなく単なる個人的自殺に見せかける」という方針から、最近は「焼身の事実は隠さず、これを違法とするとともに、ダライ一味の陰謀として宣伝する」という方針に変えたように思われる。もっとも、このような違法化、連帯責任制も現地のチベット人たちの気持ちを変えることには成功していないように思われる。違法化後も10件以上の焼身が発生している。
街中で焼身を図ったり、それを見ようと集まることは交通の妨げになるしで、違法というポスター。
以下、今回の記事に幾つかつっこみを入れてみる。
まず、焼身未遂に終わったというドルマ・キャプはホテルにガソリンを入れたポリタンクとコットンを用意していたと言う。これが、焼身を行おうとしていたという証拠のように書かれている。これで行くと「ガソリンや灯油を入れたポリタンクを持っていた」というだけで焼身を企てたとされることになろう。焼身自体が違法ということもおかしな話である。自殺が違法という国は他にあるのであろうか?また、中国内では土地強制収用に抗議する焼身が相次いでいるが(1月25日にも山東省で1人の漢人が土地強制収用に抗議し焼身している)、これが違法という法律があるなどとは聞いた事がない。同じ抗議の焼身であっても、漢人とチベット人に対してダブルスタンダードであることは間違いない。ましてや、まだ焼身もしていない、本当にする積もりであったのかどうかもわからない者を逮捕するとは、不思議な国である。
焼身を唆したパクパと言うチベット人が、ダラムサラにあるソガスクールに通っていたという。このソガスクールは私も何度も行ったことがありよく知っているが、ここをチベット独立主義者、その中でも幹部を養成する学校と書いてるのには笑うししかない。ここは、亡命時に18歳以上であり、正規の教学過程に従うには遅過ぎる成人を対象とし、英語、チベット語を主に教える難民学校である。最初のころは壁も天上もトタンという実に粗末な建物だった。現在ではちゃんとした建物になっているが、このところ亡命者が激減し、一時1000人近くいた生徒も今では300人ほどになってしまった。ま、とにかく普通の学校であり、独立思想とか、その運動の幹部を養成するなんて場所では全く無いことは確かだ。第一、ダライ・ラマ法王も亡命政府も所謂中道路線であり、独立はまったく唱えていない。
焼身を唆したとか、その他焼身に関わったと言う者に自首を呼びかけるポスター。自首すれば、減罪されたり、恩赦が与えられるそうだ。
パクパがTYCと関わっていたかどうかはまだ、亡命側の調査が行われていないようなので分からない。彼に指示を与えたというTYC幹部のガン・ツェンポと言う人が本当にいるのなら、その内彼へのインタビューが出るかも知れない。が、少なくとも現在のTYC執行部の中にはそのような名前の人物は見当たらない。Tibet Timesがダラムサラでレゴンやドワ郷出身者に話を聞いたところでは、「そんな名前のチベット人は知らない」と言ったそうだ。
それにしても、パクパという青年の話が本当だとすれば、彼は亡命して英語やコンピューターを勉強し、その後、外人をつかまえて外国に行こうなんて考えず、ちゃんともう一度危険を犯して故郷に帰り、そこの孤児院等で英語やコンピューターを教えていたというではないか、まことに殊勝な青年と言うべきだ。
去年11月を中心に多くの焼身者を出したドワ郷では、11月8日に地元の小学生たちによる大規模なデモが発生している(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768757.html下の方)。校庭に掲げられていた中国の国旗を引き下ろし、代わりにチベット国旗を掲げた後、郷の政府庁舎の前に行き、そこに掲げられていた中国国旗も引き下ろし、チベットの自由を訴えるスローガンを叫んだというものだ。このデモは小学生たちが自分たちで決定し、実行したデモと思われるが、このデモもパクパが煽動したことにされている。
パクパはドワ郷にあるという「雪文化伝統奉仕団」という団体に参加しており、この団体は「焼身者の葬儀に6回参加し、遺族に金銭を与えた」という。名前からするとチベットの歌や踊りを披露する団体のように思えるが、これがどういう理由で違法なのかは書かれていないのでわからない。それにしても、地元の葬式に地元の個人なり団体なりが参加すことが違法なのか?遺族に香典を渡すことが違法なのか?憲法においては宗教の自由が保証されているらしい、この国ではチベット人が葬儀に参加することは犯罪行為というわけなのか?
ちなみに、この新華社発表の記事を時事通信さんがまめに記事にして下さっている。
自殺扇動で教師を逮捕=チベット族への締め付け強化-中国
【北京時事】中国国営新華社通信は24日、青海省で2012年11月、チベット族の僧侶(25)を唆し、焼身自殺させようとしたとして、男性教師(27)が故意殺人容疑で、自殺未遂の僧侶が公共安全危害容疑で逮捕されたと伝えた。 警察の調べでは、教師は不法出国し、インドでチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世グループの下で訓練を受けて帰国。英語を教えながら宣伝活動をし、僧侶に「チベット独立のため命をささげれば、民族の英雄だ」と自殺を促したという。(2013/01/24-23:41)
現地に入り検証するすべのない外国メディアの報道では、このようにそのまま新華社の言う通りに書くしかないわけだ。唯一、表題に「チベット族への締め付け強化」としてくれたことが救いではあるが、これを読んだ一般読者の方々はどのように受け止めたのだろうかと、少し不安になる。
同じ新華社記事を扱った外国メディアでも背景を説明してくれているのもある。例えば25日付けロイターhttp://in.reuters.com/article/2013/01/24/china-tibet-arrests-idINDEE90N0GG20130124
参照:25日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7243
25日付けTibet Netチベット語版http://bod.asia/2013/01/རེབ་གོང་རྫོང་ཁོངས་ནས་བ/
25日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/selfimmolation-01252013144040.html
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)