チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2012年12月23日

王力雄「炎の遺言――なぜチベット人は焼身するのか?」 前半

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ウーセルさんの夫でもある中国人作家王力雄さんは、最近チベットの焼身に関する長文のコラムを発表された。この中で彼はまず、焼身者たちの真の動機と意図を探るために、焼身者がこれまでに残した遺言を7項目に分類し、これを分析している。もちろん、彼も言うようにこの分類自体は彼独自のものであり、他の分類方法は幾らでもあるであろう。例えば、この中には「チベット人連帯を求める」という項目はないが、もしも、これを上げるなら一番多くなるのではないかと思われる。

何れにせよ、彼はこの7分類により遺言を分析し、その結論として、1.絶望は主な焼身理由ではない。2.焼身者は国際社会に助けを求めていない。3.抗議と要求は言うまでもない。4.チベット民族の精神力を最も示せる要素。5.宗教的な供養としての焼身。6.チベット独立について。7.(具体的目標を伴う)活動として、という7つの視点から焼身者の真の動機と意図への理解を深めようとしている。

後半において、彼は本土の人々はすでに、亡命政府始め外のチベット人たちが今も進めている「国際社会の圧力を利用し、中国政府に譲歩を迫る」というやり方を無効と自覚し、とにかく「自分たちが立ち上がらなければいけないのだ」という決意のもとに、個人ができる最高の抗議形態として焼身を選んだのだという。

最後に彼は亡命政府始め外のチベット人たちは、すでに無効が証明され、時代遅れとなった「国際社会の圧力を利用し、中国政府に譲歩を迫る」というやり方を止め、新しい方向性を示さなければいけないと指摘する。中のチベット人に対しては自分たち「数百万人が主体となり、ともに自由と和解に関わっていく必要がある」とする。そして「進むべき道を知れば、本土のチベット人は希望に満ちあふれた未来へと生きて突き進み、二度と焼身の烈火に飛び込むことはないだろう」と結ぶ。

王さんは焼身という抗議の仕方を心から憂える中国人として、外のチベット人や所謂チベットサポーターたちが言いにくいことをズバリと指摘しておられる。もっとも、この新しい方向性、進むべき道について有効で具体的な案は、思いつくことも容易ではないというのが現実ではなかろうか?

焼身者の遺言については前回のブログ>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51773886.htmlhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51773885.htmlを参照。

原文:12月18日付けウーセル・ブログ「王力雄:燃烧的遗言——藏人因何自焚?」http://woeser.middle-way.net/2012/12/blog-post_18.html
翻訳:@yuntaitaiさん。

長いので、2回に分けて掲載する。

◎炎の遺言――なぜチベット人は焼身するのか?

034_亡命チベット人ジャンペル・イシェは2012年3月26日、胡錦濤のインド訪問に抗議するニューデリーでの集会で焼身し、犠牲になった。

77-32012年11月12日、レゴン(青海省黄南チベット族自治州同仁県)、ドワ郷の遊牧民ニンチャク・ブンは郷政府庁舎の前で焼身し、犠牲になった。焼身を目の当たりにしたチベット人の老若男女は、彼にひざまずいて祈りをささげ、悲しみと敬意を示した。

チベット人の焼身抗議は今、どう対応すればいいのか誰にも分からない難題になっている。

最初の問題は焼身のエスカレートだ。これまでに本土のチベット人97人が焼身している(2012年12月11日現在。このほかにも国外の5人が焼身した)。このうち、2009年の焼身者は1人、2011年は12人、2012年は現時点で84人。今年11月に限っても28人が焼身している。焼身中止を求める呼びかけには全く効果がなく、いつ終わりが来るのか誰にも分かっていない。

次に、二つの困難がある。これだけ多くの者が焼身したため、焼身をどう否定しても犠牲者に対する不当な態度になり、焼身者の家族や友人を傷つけてしまう。逆に、焼身の報道や称賛、供養、慰問、寄付などはかえって焼身を後押ししてしまう。

三つ目の問題は、当局の鎮圧から起きている焼身を、当局が再び犯罪行為とみなし、鎮圧を続けていることだ。このため、人道的な立場から焼身を止めようとする努力は、当局と一体何が違うのか、という混乱に陥ってしまっている。

四つ目の問題は、外部の者が焼身者に同情しながらも焼身行為を理解しないことだ。焼身の効果が見えないため、当初のショックが過ぎ去った後、絶え間ない増加に伴って感覚は麻痺している。

五つ目は、焼身について国際社会と中国のインテリ層が沈黙を守っているとして、チベット人エリートが不満を抱いていることだ。これは焼身運動に理論面での支援が欠けていることと関係がある。一方、チベット人エリートは焼身を抽象的に肯定するばかりで(具体的に理論面の支援をせず)、民衆を十分には導いてはいない。

六つ目は、損得勘定によって各国政府がチベット人焼身問題を避け、あいまいな態度を取っていることだ。経済を至上とする世界では、自己の利益を追求する経済人の思考は別におかしくはない。ほかの民族(例えば、よりひどい境遇のウイグル人)と比べても、チベット人は既に大きな注目を集めてはいるが、冷たくされたような感覚はぬぐえない。

……等々。

この難題を解くか、少なくともどう立ち向かうべきかを理解する。そのためには、広範囲で続く焼身が全体としてどんな望みを伝え、どんな目標を追求しているのかをはっきりさせることが前提になる。これには異なる読み解き方が存在している。ある部分を強調しただけのものも多いし、必要に応じて一部を選んだものもある。現状では焼身者個人の十分な情報はないが、統計を使った分析なら全貌に迫れるのではないかと私は考える。

2009年にタベーが本土で初めて焼身して以降、チベット人作家ウーセルは全ての焼身者をその都度記録し、すぐに情報をまとめ、彼女のブログ「見えないチベット」に掲載してきた。この文章で進める統計と分析には、彼女の記録した情報を用いる。

また、チベット人の焼身をひき起こしている最大の責任は中国政府にあるという点は説明しておく必要がある。これは非常にはっきりしている。紙幅に限りがあるため、この結論は繰り返さない。より建設的な討論を望みたい。

◇焼身者数の時間的分布

2012年に焼身した本土のチベット人の数を月ごとに分けた(下の表)。3月(10人)と11月(28人)に二つのピークがあることが分かる。

3月には、「チベット蜂起記念日」(10日)▽2008年抗議の記念日(14日)▽2008年にンガバ(四川省アバ県)で抗議参加者が銃殺された記念日(16日)▽中国政府の定める「農奴解放記念日」(28日)――がある。3月のピークにはこれらの日付が関連しており、全体的には中国の民族政策への抗議なのだと合理的に判断できる。抗議の意思表明は焼身の主要な動機の一つだと考えるべきだ。

グラフ

「チベット本土 2012年の焼身状況」

◇2012年の本土での焼身状況

焼身の最大のピークは、中国共産党の18大(第18回全国代表大会)が開かれた11月だ。10月の焼身者数は3月と同じ10人。18大は元々10月の開催だと広く伝えられていたから、10月の焼身も18大と関連があるだろう。18大前後に現れた集中的な焼身は、中国の新しい指導者にチベット政策を変えるよう仕向けるためだったと理解できる。変化を促す手段としての焼身。これは焼身を理解するための重要な入り口のはずだ。

◇遺言の分類と分析

焼身者の遺した遺言から、焼身の動機と訴えをより理解できる。私が分析した遺言は全て、焼身者が焼身前に遺したものだ。手書きや録音もあれば、友人に話したものもある。これまでに本土のチベット人焼身者26人の遺言が明らかになっている。このほか、焼身時に叫んだスローガンが多く記録されている。スローガンの内容はほぼ一致しており、大部分は「ダライ・ラマの帰還を」「チベットに自由を」といった内容だ。焼身の瞬間に叫ばれたスローガンと比べると、事前に遺された遺言は多岐にわたっている。このため、遺言について分類、分析してみよう。

私は内容に応じて遺言を7種類に分類した。それぞれの遺言に一つの内容しかないわけではない。ある遺言はいくつもの内容を含んでいる。断っておくと、私は焼身を分析、理解するための手段としてのみ分類したのであって、誰もが自分の理解に応じて分類していい。

遺言の分類(実際の表は原文を参照して頂きたい)

1.苦痛に耐えられない 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%

2.勇気を示し、責任や苦痛を引き受ける 遺言の数 8 人数 9人 人数の割合 35%

3.当局への抗議、要求 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%

4..国際社会に注目を促す 遺言の数 1 人数 1人 人数の割合 4%

5.ダライ・ラマへの祈り 遺言の数 9 人数 10人 人数の割合 38%

6.チベット独立の主張 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%

7.(具体的目標を伴う)活動として 遺言の数 12 人数 14人 人数の割合 54%

注・二人が一緒に遺した遺言もあるため、遺言の数と人数は一致しない。

遺言の分類から次のような見方ができる。

・絶望は主な焼身理由ではない

まず、いったんは流行した「焼身とは、目の前の境遇に耐えられない絶望から出てきた選択だ」という見方についてだ。亡命政府の指導者も以前、そう公言したことがある。この理由はないとは言えないが、全体に占める割合は19%だけだ。7項目の分類の中では比較的低い部類に入る。

・焼身者は国際社会に助けを求めていない

「国際社会にチベットへの関心を高めてもらうために焼身している」という見方も流行した。しかし、ネット作家グドゥップを除けば、そこに触れた遺言はなく、比率は最も小さい。本土のチベット人は、私たちが当然考えるようには国際社会に望みを託していないと分かる。一方、焼身する国外のチベット人(分類には入れていない)のうち、ジャンペル・イシェは世界の支持を求めると2回書いた。もう一人、シェラップ・ツェドルも焼身前、チベット問題に注目するよう国際社会へ呼びかけた。国際社会の支持を求めることは、一貫して国外のチベット人の主な目的だったし、これまでにチベット亡命政府が重点を置いてきた仕事だ。この点に内外チベット人の違いが現れている。

・抗議と要求は言うまでもない

当局への抗議と要求がはっきりと示された遺言は19%。しかし、焼身時に多くの者が「ダライ・ラマの帰還を」「チベットに自由を」「パンチェン・ラマ11世の釈放を」「言語の自由を」などのスローガンを叫んでおり、全て抗議と要求を伝えているものと考えられる。同時に、多くの焼身者について言えば、たとえ遺言やスローガンがなかったとしても、焼身行為自体が抗議と要求を含んでいるのは言うまでもない。

・チベット民族の精神力を最も示せる要素

焼身によって勇気を示し、責任や苦痛を引き受けると述べた遺言は全体の35%を占める。これは外部(当局や国際社会)に向けられたものではなく、身をもって自分の人格の力を見せる一種の英雄主義だ。尊厳を守り、苦痛を分かち合い、勇気を鼓舞し、声援を送ることによって涅槃にたどり着いたかのような自我の昇華だ。典型的な遺言には、「チベット民族の尊厳のために焼身する」(ペンチェン・キ)、「私たちが武力鎮圧を恐れていると彼らは考えているが、それは間違いだ」(プンツォ)などがある。チベット民族が最も尊ぶ精神の力を体現している。

・宗教的な供養としての焼身

焼身をダライ・ラマへの祈りだと述べた遺言(当局への要求と抗議を同時に含む)は38%を占め、2番目の多さとなっている。この中には、チベット内部に勇気や苦痛を分かち合う決意を伝える要素もあり、宗教的な性質を持つ一種の奉献だ。例えば、ソバ・リンポチェは遺言テープで、ダライ・ラマに命と体をささげ、衆生を済度すると述べた。肉体を燃やして供物とし、功利を求めず、功徳だけを求める。宗教を信仰しない者には理解しにくい。こうした宗教精神は多くのチベット人が備えており、焼身の原動力になり得る。 

・チベット独立について

遺言で明確にチベット独立を求めたのは4人。ほかに一人が焼身によって「チベット国を守る」と書いており(タムディン・タル)、計19%を占める。このほか、焼身時に数人がチベット独立のスローガンを叫んだ。2008年以来、独立意識はチベット人の間に広がっている。亡命チベット人作家ジャムヤン・ノルブはダライ・ラマ帰還のスローガンを全てチベット独立要求と同一視しているが(彼のブログを参照 http://www.jamyangnorbu.com/blog/2012/11/05/make-it-a-burning-issue/)、いささか牽強付会の説と思われる。

・(具体的目標を伴う)活動として

14人の焼身者は12の遺言で、(ダライ・ラマの帰還やチベット3大地方の団結など、具体的な目標を伴う)一つの活動として焼身を語っている。これは最も比率の高い(54%)グループだ。抗議や絶望を伝えるだけではなく、18大期間中の焼身のピークと同じように、犠牲が目標を実現させる助けになることを望んでいるのだと分かる。本当に焼身が目標実現の助けになるのか、彼らには全く分かっていない。それでも、テンジン・プンツォが遺言で書いたように、「このまま生きて、むなしく待ち続けることはできない」。心の痛むこの言葉は焼身を理解するカギになるだろう。深く考えてみる価値はある。

後半に続く。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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