チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2012年7月23日
北スコットランド旅行記 後半
フェリーが出るまでの間にスカイ島を回る。こんな最果ての島にも案外多くの人が住んでるのが不思議なような。でも、町には魚の市場もなく、漁船が出てるようでもなく、畑も少ないし、ようするに牧畜のみで暮らしているように思えた。海の向こうに見えるのが、目当てのルイス島。
これはと思った写真はクリック。
日本の縄文時代の縦穴式住居にも何となく似てるような。今のわら屋根民家にも似てるような。
島には木がほとんどまったくない。例のハリーポッターの映画もこの辺で撮影されたそうだ。まさに、そんな感じの所謂幻想的な風景が至る所に見られた。
午後1時のフェリーに乗る。車は大きな船に2層に別れて積まれるので相当入る。中は快適。娘は直ぐに横になって眠りにつく。ルイス島まで約1時間半。言葉を聞く限り、イギリス人だけでなくヨーロッパ中心に世界中の観光客が混じってるようだった。
この写真だけはWikipeから借用したもの。この辺の幾つかの孤島だけに、このPuffinと呼ばれる非常に変わった海鳥が生息するという。何とも愛嬌のある顔をしてる。目が困ってる。嘴の形と配色が独特。口の縁に黄色いハートマークが付いてる。あいにく、お目にかかることはできなかったが。
この島にも小さな湖が多い。
ルイス島に上陸。草原と湖沼と山と羊に牛と、まるでチベットのような風景が続く。
島の南側には山が多いが、北はこのようなどこまでも続くアムドのような平原。
ここで、イギリスのスピード制限についてちょっと説明。町中は40マイル(64キロ)制限、それ以外は60マイル(96キロ)制限。ただの2車線のカープが続く田舎道でも60マイル。日本に比べると相当早い。もちろん、それ以上で飛ばす車もいる。だから、以外に距離があっても案外早く到着する。日本はほんと厳しい。
目的のストーンヘッジの1つに到着。これは小さいやつ。標識がなくて探すのに苦労した。詳しくは大きい有名な方で説明する。
ニマは子供の頃からとにかく動物好きだった。家に犬、猫、鶏、ウサギ、ダチョウといろいろ飼われてたが、とにかくその世話をやくのが好き。「人間より動物のほうがニンジェ(可哀想)」と言って獣医の道へ。
もっとも、最近はペットに爬虫類系を飼う人が多くて、よくわからん、とも。
これが目指してた、古代のストーンサークル。BC2900ごろに中心になる大きな石とその周りのサークル状の石が立てられたという。イギリスの南にはこれと似ているがちと違うらしいストーンヘッジというものがあり有名である。それとは似て非なる不思議な感じがする人工構造物である。
今も、本当は何の目的で作られたのかは分かっていないという。墓として使われていた時期もあるそうだ。BC2000年位に、ほぼ東西南北に延びた石柱の列が加えられた。
名付けて「Calanais Standing Stones / An Ancient Centre of Power」と書かれている。「Calanais」はこの土地の名前。
Powerを感じようと、じっと石に腹を付けたり、背中を付けて瞑想に入る人の姿を見かけた。どこにもこのような人がいるようだ。その人に2人の写真を撮って貰ったが、我々がありがとうと言うと、その中年の紳士は静かに合掌の姿勢をもって答えた。もしかして、チベット仏教にでも凝ってる人じゃないか?と疑った。
で、パネルにもあるが、これと同様の石柱は嘗てスコットランド中に立てられていたらしい。共同作業で立ち上げ、その後も共同体をまとめるシンボルとなっていたのではないかと言われている。
一般に古代の人は石が好きなようだ。石を崇めるアニミズムは世界中にある。これに、聖者の足跡や手形が残っているというのがチベットだが。
スカイ島の道沿いに咲く、野花。この花は日本では園芸種としていろんな色のが出回ってる。私も庭に植えたことがある。が、今、名前を思い出せない。スコットランドでは至る所で見かけた。
帰りは一気にエディンバラまで走った。フェリーが着くスカイ島の北からエディンバラまで6時間。
筆者プロフィール
中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)