チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2011年1月4日

チベット・ナキウサギが毒殺され、大地も死ぬ。

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3c81f99b.jpgウサギ年が始まったばかりだというのに、チベットにいるとても可愛いウサギの一種が中国政府の毒殺作戦により絶滅させられようとしているという。

話はそれだけでなく、このウサギを殺すことがどれほどチベット高原全体のエコシステムを破壊し、ひいては高原から流れ出る大河にも影響を与えるという研究報告の一部が以下。

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<無数の人々の将来がチベット高原の一つのかなめの種の保存に依存している>
http://asunews.asu.edu/20110103_Pikas_Smith_Wilson(ビデオ付き)

自然界においては全ての生物が環境に対する役割を担っている。しかし、全ての生物が同等の役割を担っている訳ではない。地球上のほとんどのエコシステムにおいて、その中でかなめとなる生物が存在するものだ。それぞれのバイオマス環境に多大の影響を与える動物が存在するのだ。

アリゾナ州立大学(ASU)生命科学科の主任教授であり、環境保護活動家としても有名なアンドリュー・スミス(Andrew Smith)氏はチベット高原に生息する一種類の動物の生態と、その動物の環境への影響についてすでに30年以上もの間研究を重ねてきた。

中国政府はこのチベット・ナキウサギ(英語名Tibetan pika、 学名Ochotona curzoniae)を農・牧畜に対する有害な小動物として扱うが、スミス教授は無数の人々の将来がこの小さな動物を保護し、その生存環境を維持することに大いに依存していると確信している。

この40年間中国政府は冬期、組織的にナキウサギに毒を盛ることに金を出し続けてきた。最近ではC型ボツリヌス菌(*1)(学名:Clostridium botulinum)を穀物に混ぜたものを使用している。

特に、この3年間毒が撒かれる範囲は急速に拡大し、32万平方キロメートルに及んでいる。これはカルフォルニアの3/4に当たる(日本の総面積は38万平方キロ。ほぼ日本の面積と等しい)。チベット高原は中国の1/4を占める。

「ナキウサギを初め、ほとんどの野生ほ乳類を毒殺することより、チベット高原のエコシステムの機能は大々的に破壊され、消滅したに等しい。」とスミス教授は述べ、「観察の結果、この高原ナキウサギがかなめの種であると分った」と主張する。

このナキウサギのチベット高原における役割とその毒殺地域の広大さを重ね合わせて考えれば、このナキウサギの死は様々なエコシステムに多大な悪い結果を引き起こす。

スミス教授とその院生たちが最近研究している事は、このナキウサギの様々な生態と、そのエコシステム・エンジニアとしての役割だ。例えば、高原には樹木が非常に少ないので、多くの鳥たちがナキウサギの作った穴を巣として利用している。ナキウサギが死ねば、鳥たちは他に巣を探さねばならない。或は、毒に汚染された穴に身を晒すことにより死んでしまう。

残念ながら、スミス教授のチベット・ナキウサギを保護すべきだとする、環境保護のための研究に基づく抗議は中国の政策を変える事ができないでいる。スミス教授と院生のマックス・ウイルソン(Max Wilson)は今チベット・ナキウサギの保護を経済問題として提示する方法を考えているという。

2010年、フェニックス動物園からの金銭的援助を得て、2人は地域の水文学(hydrology)的調査を行った。ナキウサギが今も生存する地域と死滅してしまった地域における浸透(湿潤)率を比較したのだ。

その結果、ナキウサギの死滅とその地域の浸食作用、下流域の洪水および多大なエコシステムへの悪影響との明白な相関関係が明らかとなった。

しばしば「世界の屋根」と呼ばれるようにチベット高原は、メコン川、サルウィン川、長江、黄河、プラマプトラ川、ガンジス川の源流地帯である。

「この高原で起こる事は、最終的には無数の人々に影響を与える。これらの大河の下流域に住む、最大地球上の40%の人々に関わる」とスミス教授は言う。

では一体、この小さな生き物が如何にしてアジアの大河に影響を与えるというのか?
このナキウサギの穴は巣として機能するだけでなく、地下水路のネットワークを作り、それにより大地を呼吸させ、水をスポンジのように吸収する働きがあるのだ。

「スポンジと岩ではどちらがより水を多く蓄えられるか?と考えてみるといい。その(ナキウサギが死滅した)地域では水は大地から緩慢に放出されるのではなく、瞬時に流れ出る」とウイルソン氏は言う。

スミス教授とウイルソン氏は、ナキウサギを殺すための費用とともに、ナキウサギを殺す事により、洪水による損害とそれによる農業生産への損失という更なる経済的損失を被ることになるということを示そうとしている。

更に、長期に渡る浸食は、地表帯の水分が消滅することにより、地域に干ばつに等しい影響を与える。
(以下略)

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*1: ボツリヌス菌が作り出すボツリヌス毒素(ボツリヌストキシン)は毒性が非常に強く0.5kgで全人類を滅ぼす事が出来ると考えられていたため、生物兵器として研究開発が行われた。炭疽菌を初めとする他の生物兵器同様、テロリストによる使用が懸念されている。http://bit.ly/i5spf6
オームも開発しようとしたことがある。
もっともC型は人に対する毒性はないと一般には言われているが、異説もある。

ナキウサギこのナキウサギはヒマラヤの至る所で出会うことができる。このダラムサラの裏山にも沢山いる。
写真は去年ネパールのランタンに行った時に撮ったもの。
チベットを旅行したことのある人なら、穴から顔を出したところを一度は見かけたことがあるかも知れない、というか、本土ではもう稀にしか出会へないのかも知れない。
とにかく、とても愛らしい小さなウサギだ。

このウサギに毒を盛れば、それを食べる動物にも害は及ぶ。
穀類に毒を混ぜてバラまけば、それを食べた小鳥も死ぬであろう。
毒は川に流れ込み、川を汚染し、魚も死ぬ。
多くの人々にも害が及ぶ。

こうして、中国はチベット人だけでなく、日本の国土に等しい広さの大地に毒を撒き、チベット高原に暮らす夥しい数の有情を殺戮し、自然を文字どうり「台無し」にしているのだ。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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